アスリートの生い立ちや人生のターニングポイントを聞く「わたしのツクリカタ」。宇都宮ブレックス笠井康平(29)の2回目です。青山学院大では同期の鵤誠司(29=宇都宮ブレックス)船生誠也(29=広島ドラゴンフライズ)と切磋琢磨(せっさたくま)していましたが、4年時に2人との「別れ」が訪れます。(取材・構成=沢田啓太郎)
◆笠井康平(かさい・こうへい)1993年8月12日生まれ、香川県出身。尽誠学園から青山学院大に進み、実業団の四国電力に入社。2018年に名古屋ダイヤモンドドルフィンズでプロ生活を始め、群馬を経て、22-23年シーズンから宇都宮に加入した。176センチ、77キロ。
-笠井選手のプロ入りに際しては渡邊選手が背中を押してくれたとか
笠井 香川にいる彼のご両親から「プロにはいかないのか」とずっと言われていました。彼が日本に帰ってきて、香川に帰省したときにごはん食べにいくと「会うたびにそういう話をするよ~」なんて言われて。彼も「本当にプロに行った方がいいと思います」と言ってくれました。彼のご両親も含めて「挑戦したらいい」と背中を押されたというのはありました。
-渡邊選手のご両親は笠井選手のファンだったのでしょうね
笠井 高校の時にも彼のご両親からもアドバイスをもらっていたりしていました。自分たちの息子と一緒にやっていた選手が1人でもプロにいってほしい、というのがあったのだと思います。
-プロになってときはすごく喜ばれたでしょう
笠井 名古屋ダイヤモンドドルフィンズに決まったときはとても喜んでくれました。
-青山学院大には誘われて入学した
笠井 一応、はい。1学年下に渡邊雄太がいたので、僕が入れば(尽誠学園や渡邊と)つながりができるというのもあったのではないでしょうか。
-いや笠井さんの実力でしょう
笠井 いやいやいや。青山学院大に入れたのは彼のおかげと思っているので。
-謙虚すぎではないですか
笠井 全然、全然結果出てなかったので、2年生までは。本当にタイミングとかあると思います。
-鵤選手や広島の船生誠也選手とは大学の同期ですね。ふたりの最初の印象は
笠井 バスケットの能力がすごく高かったので、同じチームになって楽しそうだなと思ったのは覚えています。
-鵤選手とはポジションがかぶる。ライバル意識はありますか
笠井 あいつも意識してないと思うんですけど、僕もそんなに意識しなかった。
-大学時代での序列はどうだったのですか
笠井 1、2年生のときはそんな試合に出ていませんでした。3年生になって試合に出るようになったのですが、ベンチスタートが多かったですね。船生と誠司はスタメンでした。誠司はサイズもありますし、ガードに縛られずにいろんなポジションもやっていました。最初に誠司が出て、あとから僕が一緒に出ることもありました。
-ブレックスでもそうですね。そして1年の時の4年に比江島選手がいた
笠井 高校生の時に比江島さんのインカレでのプレー映像でみていました。だから入学した時は、すごい人がいる、すごい人とプレーできるんだって思いました。
-当時からオーラがありましたか?
笠井 もちろんです。でも実際はすごく気さくで、先輩という壁をつくらない方。良い意味で、気楽に話せる距離感でした。
-鵤選手と切磋琢磨して最も覚えていることは
笠井 難しいですねえ、ふたりだけで何かするってことはなかったですから。船生とか何人かで一緒にいましたから。仲が悪かった訳じゃありませんが、ずっと一緒にいるっていう関係ではなかったです。
-成人後は一緒にお酒を飲んだりされましたか
笠井 それが僕、大学のとき全然飲めなくて。就職したあとに上司と飲みにいく機会ができたこともあって、飲めるようになったんです。大学の時は飲めなかったので、まったく飲みにはいかなかったですね。
-飲み会にも
笠井 いけませんでした。
-いまは鵤選手とお酒を飲んだりしますか
笠井 行きますよ、今は。本当にたまにですけど。
-鵤選手と船生選手が大学を中退してプロになると聞いたときはどう思いましたか
笠井 チームのスタッフから「ふたりが辞めそうだ」という話を聞かされました。4年生になる代でもあったので、ふたりと話をして、本当に辞める方向なんだなっていうのは伝わってきました。
-もう1年、一緒にやろうと説得した
笠井 もちろん、伝えました。でも、3年間一緒にいたら2人の性格は分かります。彼らの気持ちももちろん分かりますし、僕の気持ちを伝えはしましたけど、そこで険悪になったりしたとかはなかったです。ふたりが辞めてからはしんどかったですが。
-4年生で主将になって苦労された
笠井 ずっと試合に出ていた2人がいなくなったので。バスケットの面ではすごく大変でした。
-ふたりを恨んだりしましたか
笠井 全然なかったですね。卒業してからも会っていましたし。誠司が広島でプレーしているときかな、香川に試合に来ていたので、そのとき僕は就職してて、ごはんいったりしましたし。まあ、受け止めなくてはいけない部分だったので。
-ふたりがプロに入ったのだからおれもプロに、とは卒業時に考えなかった
笠井 大学4年の時にいろんな経験をしたこともあって、バスケット以外のことを経験してみたいなと正直思いました。彼らが抜けて、バスケットの厳しさというのもこれまで以上に感じましたし。だから就職を1回選びました。
-いろんな経験というのは?
笠井 2人がいれば正直、試合中にどうにかしてくれる部分がありました。それがないので、もっと細かい部分でがんばらないといけない。キャプテンとして、チームをまとめていく大変さもあって。もちろん、やりがいもありました。当時はすごく集中して、テンションも高かったですけど、インカレが終わったときにやりきったと感じました。だから離れようって。離れるわけじゃないですけど、就職しようと思いました。(続く)
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