<ラグビー日本代表・外国出身選手連載<最終回>>
ラグビーW杯フランス大会が9月8日に開幕する。日本代表は、7月8日のオールブラックスXV戦(東京・秩父宮)を皮切りに実戦モードに突入し、大舞台に臨む33人を絞り込んでいく。個性豊かな外国出身選手たちもアピールが求められるもう1つの戦い。桜のジャージーを目指す男たちを全5回連載で紹介する。
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【ロムーに続く男】シオサイア・フィフィタ(24)/WTB
フィフィタが思い描く未来は明確だ。
「世界のNO・1になりたい。今の日本だったら、なれる自信はありますし、なれると思います」
中学までトンガで育った。4人兄弟の2番目で、陸上・短距離の選手だった。小学生の頃、ハードル走で全国大会優勝。タッチフットを始めた中学生の時にスカウトされて来日し、日本航空石川へ入学した。当然のことながら日本語は話せず、陸上をしていたこともあって体は細かった。
「最初は家族と離れて、寂しくて仕方がなかった。今クボタにいる(日本代表NO8の)マキシが3年生で、2年生にはファカイ(現昭島)がいた。トンガから来た先輩たちに助けられた。体重は70キロよりも少なくて、代表に入るなんてまだ、考えてもいなかった。高校2年の時に(15年W杯で日本が)南アフリカに勝ったのを見て、初めて日本代表になってW杯に出たいと真剣に思った」
寮は2人部屋で、日本語は仲間が教えてくれた。望郷の念が薄れていったのは、W杯で活躍するという具体的な目標ができてからだった。高校卒業後は天理大に進み、20年度に大学日本一。近鉄(現花園)とプロ契約を結んでからは、トンガにいる家族への仕送りを欠かしたことがない。
「トンガの選手はみんな同じですよ。お父さん、お母さんが頑張って働いてくれたから今の自分がいる。いくら仕送りをしているかは、そんなことは言うもんじゃないっす。たくさん、送っています。家族への恩返し。楽をさせてあげたいですから」
子どもの頃、憧れた人がいる。元ニュージーランド代表WTBで95、99年のW杯トライ王、ジョナ・ロムー。15年に40歳で急逝した世界的英雄のルーツは、トンガにある。
「僕のヒーロー。ロムーみたいな活躍をしたい」
W杯でトライ王になれば、日本の世界一が近づく。【益子浩一】
◆シオサイア・フィフィタ 1998年12月20日、トンガ生まれ。高校1年で来日し日本航空石川から天理大へ。19年にサンウルブズのスコッド入り。21年に近鉄ライナーズ(現花園)とプロ契約。今夏にトヨタへ移籍した。日本代表は21年に初選出。CTBとWTBをこなし、代表キャップは12。187センチ、105キロ。
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