男子バレーボールで来年のパリ・オリンピック(五輪)出場を決めた日本代表にあって「もう1人の日の丸戦士」の存在が精神的支柱となっていた。今年3月に31歳の若さで亡くなった藤井直伸さんだ。
石川祐希(27=ミラノ)西田有志(23=パナソニック)高橋藍(22=日体大)関田誠大(29=ジェイテクト)が9日、ワールドカップ(W杯)全7戦終了から一夜明け、9日朝から大会の中継局フジテレビの情報番組にそろって出演。その中でチームの舞台裏として、それぞれが藤井さんの大きさについて語った。
7日のスロベニア戦にストレート勝ちし、五輪をつかみ取った。その試合後、チームは藤井さんが着用していた背番号3のユニホームを掲げて喜んだ。
藤井さんはパリ五輪の舞台に立つことを誓い、病と闘っていた。
「藤井さんとともにパリへ」
これが合言葉だった。その約束を果たした。
同じセッターとして苦楽を共にした関田は、常に藤井さんの姿を傍らに置き、プレーしていた。
「今まではライバルとして切磋琢磨(せっさたくま)しながら競い合ってきた仲間でしたけど、今大会は本当に支えてもらいました。非常に助けられた存在です」
主将の石川は、窮地に立たされた場面で藤井さんのことを思い浮かべていた。
「明るい性格でチーム遠征にポジティブを与えてくれた存在。彼がいなくなってチームは少し暗くなりましたけど、今大会は一緒に闘ってくれて、自分たちもポジティブになれたので。その結果がオリンピック切符を取れたことにつながったと思っています」
また、試合後の明るいマイクパフォーマンスで話題となった高橋の行動は藤井さんの影響を受けてのものだった。
「出会ったのは19歳の頃で、藤井さんが29歳とかで、僕からしたらお兄さん以上の存在で面倒もよく見てもらった。しんどい状況もすごい明るい性格で、自分をポジティブに変えてくれたので、本当に今でも生きていますし、自分の今のポジティブなところも藤井さんからいただいたところです」
そして交流の深かった西田には格別な思いがあった。
「あの(亡くなった)発表があってから、(パリ五輪出場は)みんなが思った同じことだったと思うので、それをみんなで叶えられたことがうれしいですし、あそこで藤井さんのユニホームが出てくるとは思わなかったので。持ってきているというのを僕は知らなくて、あれを見た時は本当にうれしかったですね。本人の(東京)オリンピックの時のユニホームです」
西田は1年前、体調不良でベッドから起き上がれない時期があった。その時に、闘病中の藤井から幾度も電話があったという。「必ず良くなるからって、すごく励ましをくれた。何回(電話を)もくださって、力をいただきました」。
「もう1人の日本代表」藤井直伸は、今も龍神NIPPONとともに闘い、パリへと向かう。