【レスリング】文武両道の慶大レスラー尾崎野々香がパリ五輪切符 髪形は米女子陸上選手を参考に

母利佳さん(左)と写真撮影する尾崎(撮影・江口和貴)

<レスリング:パリ五輪代表決定プレーオフ>◇女子68キロ級◇27日◇東京・味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)

現役慶大生が悲願の舞台をつかんだ。尾崎野乃香(20=慶応大)が、石井亜海(21=育英大)を5ー4で下し、パリ五輪(オリンピック)代表を内定させた。残り10秒を切ってからの劇的な逆転劇。文武両道で独自の歩みを描くレスラーが栄光に挑む。

自然に手は伸びた。尾崎の来し方が絶体絶命の危機で、尾崎自身を救ったようだった。「小学校でタックルが武器になってから、自分で考えてやったもの。もう染み付いてるものですね」。試合後しばらくたっても、どこかひとごとのように、信じられないように振り返った。

時計は残り9秒89を示していた。得点は3-4。最大の武器は相手が構えた奥の足に素早く絡み付いていく動きだったが、守り抜けばパリ行きを決める石井も警戒してくる。ただ、自然、体は動いた。「初めにやってきたからかな」。つかみにくい遠い左足をつかみ、機転に背後に回り、テイクダウンを奪った時には残り1秒台。5-4と逆転すると、すぐに試合終了のブザーが鳴った。「おっしゃー!!!」。両手を突き上げ、たたいた。

途絶えたと思えた道だった。本来は62キロ級。現役慶大生としては64年ぶりの世界選手権出場となった21年大会で、同大学の女子では初のメダル(銅)を獲得。だが、パリ行きが決まる世界選手権の代表がかかった昨年6月の全日本選抜選手権で敗れ、代表を逃した。

他選手がメダルを獲得すれば代表を逃す。わずかな希望にかけるしかない状況。「自分がいないパリオリンピックなんて見たくない」と沈み込んだ。周囲の声もあり、65キロ級に階級を上げて世界選手権の代表権を勝ち取ると、五輪非階級ながら優勝。ただ、同日に行われた62キロ級ではライバルの元木咲良が銀メダル以上を確定させ、五輪代表を内定させていた。号泣しながらウイニングランをした。「もう終わったと思いました」と振り返り、この日も涙した。

希望が見えたのはそれから。68キロ級の石井が5位で出場枠を獲得したが、内定には届かず。さらに階級を上げれば、可能性が残った。昨年12月の全日本選手権で石井を倒し、この日のプレーオフにつなげてみせた。

「レスリングだけではなく、その後も考えています」。以前からそう話してきた。全国の有望選手が集まる日本オリンピック委員会(JOC)エリートアカデミー出身だが、進学先に選んだのは慶大。スポーツ推薦ではなく、AO入試を利用した。小論文や自己アピール動画など、練習時間を工夫しながら、従来はなかった進路を選んで合格をつかみ取った。

現在は環境情報学部に通い、ゼミではイスラム文化を専門にする。この日の前日もリポートに追われた。簡単ではない文武両道だが、自分で決めた道。時間をやりくりしながら、アスリート人生のその後も見やりながら、日々をやりきっている。

この日の髪形は、珍しい緑色のシングレットに合わせたエクステンションを編み込んだ。「かわいさをちょっと。あと強さみたいなところですね。自分のモチベーションです」と照れる。昨年の陸上世界選手権女子100メートルを制したシャカリ・リチャードソンの髪形を参考にしたという。そのスタイルも独自だ。

歩んできた道の正しさを示すように、最後は原点から磨いてきた片足タックルが出た。これから先、パリ五輪までは外国人対策、現在は66・5キロの体を増量させて68キロ仕様にしていくなど、また新たな挑戦が待つ。

「野々香」の名前は、3月23日生まれにちなみ、春の野の息吹のように、周囲に優しい影響力を与える人になってほしいと名付けられた。もうすぐ春。その先にフランスの夏がやってくる。

<レスリング女子のパリ五輪代表>

50キロ級 須崎優衣(24=キッツ)

53キロ級 藤波朱理(20=日体大)

57キロ級 桜井つぐみ(22=育英大)

62キロ級 元木咲良(21=育英大)

68キロ級 尾崎野乃香(20=慶大)

76キロ級 鏡優翔(22=東洋大)