“パパコンビ”が初の五輪で子どもたちへ勇姿を届ける。
日本バドミントン協会は21日、都内で会見し、パリオリンピック(五輪)代表12人を発表した。男子ダブルス代表の「ホキコバ」こと保木卓朗、小林優吾組(トナミ運輸)はともに28歳で2児の父。福島・富岡第一中時代からペアを組み、花の都での大暴れを目指す。
◇ ◇ ◇
「子ども、歩くようになった?」
昨年5月から約1年に及んだパリ五輪の選考レース。保木と小林にとって、互いの子どもの話をする時間が何よりの至福だった。大会の合間を縫って2人でショッピングへ出かけ、子ども服を買いあさった日もある。
小林が目を細める。
「『中国に行くよ。また来週ね』みたいな話をしたら、子どもが妻に『パパは中国にいるんだよ』と言ったりしていて。ちゃんと聞いて理解してるんだな。すごいなって」
保木も目尻を下げ、昨年6月に生まれた第2子の長女の成長をかみしめる。
「最近はパパって理解してくれるようになって」
もうすぐ1歳になる。この1年でできることが随分と増えた。
そんな愛娘に負けぬよう、パパたちも成長してきた。
2人は中学時代からペアを組み、富岡高3年時には全国高校総体を制覇。19年の世界選手権では準優勝を収めた。ただ、五輪への道のりは険しく、21年東京大会には届かなかった。
その後、男子ダブルス代表が相次いで第一線を退くと、SNSでは「男子ダブルスは穴」という投稿を目にした。
悔しくてたまらなかった。2人は誓い合った。
「めちゃくちゃ悔しいな。見返してやろうぜ」
結果に一喜一憂せず、時間があればトレーニングや技術力向上に努めた。21年12月の世界選手権を初制覇して勢いに乗ると、22年には同種目日本勢初の世界ランキング1位へランクイン。五輪選考レースでも日本勢トップを維持した。
原動力となったのは、東京五輪後に味わったあの屈辱。小林は「あそこから変わることができた」とうなずく。
悔しさを糧に、ついにパリ切符を手にした。
「子どもはまだ、五輪を理解していないかな」
保木はほほ笑みながら、力強く続けた。
「でももう少し大きくなった時に、パパのすごさを伝えられたらいいな」
今はきっと分からない。でもいつか、五輪で見た景色を伝える日のために-。
この夏、パパコンビはパリで夢を追う。【藤塚大輔】