バスケットボール女子日本代表で1月に結婚を発表した宮崎早織(29=ENEOS)がこのほど、インタビューに応じた。
昨夏パリ五輪で1次リーグ敗退した代表は、28年ロサンゼルス五輪へ新体制がスタート。昨季16季ぶりの無冠となったチームでは、主将として若い仲間の先頭を走る。先月8日には、ENEOS野球部に在籍した元外野手の榎本和輝さんと約4年の交際期間を経て結婚。持ち前の明るさで、環境の変化をプラスに変換し前進する。
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ENEOSに所属して11季目。黄色のユニホームに身を包んだ宮崎は、シーズンの終盤戦を迎え、豪快に笑った。
「もう飽きてきました。長いし、タフなシーズン。11年目なんですけど、今年で初めて2部制になって、ずっと強いチームと当たるので。すごくしんどいですし、疲れますね」
昨夏はパリ五輪に出場。2大会連続で出場したが、1次リーグで敗退。帰国後はチームに合流し、10月のリーグ戦開幕に備えた。
「1年間、ほぼ休みがないと言っても過言ではないスケジュール。慣れてはいるんですけど。(リーグ戦では)毎試合、結果を残していかなきゃいけません。楽しくて、幸せなことなんですけど、やっぱり体も心も疲れてはいきますね」
目標としていた21年東京五輪の銀メダル超えはかなわなかったが、収穫も多かった。
「メダルは取れませんでしたが、通用した部分はたくさんあったと思います。やっていてすごく楽しかったし、本当に3年間頑張ってきてよかったなって思いました。でも、勝つためにもっともっとできることはあったんじゃないかなと思います」
パリ大会でチームを率いた恩塚亨ヘッドコーチ(HC、45)には「恩塚さんのおかげで成長できた」と感謝。加えて、東京大会は女子、パリ大会は男子を率いたトム・ホーバスHC(58)についても言及した。「男子になってから、トムさんについては一切分からない」と前置きしつつ、続けた。
「やっぱりすごいですよ。チームを1つにする力がすごくありますし、1人1人の役割がめちゃめちゃ決められている。それができなかったら、試合に出られないっていう感じなので。それができていたらちゃんと使ってくれるし、見てくれてる。本当にすごい指導者だなって思います。本当にパパみたいな感じでした」
28年ロサンゼルス五輪に向け、パリ五輪で男子日本代表コーチを務めた米国出身のコーリー・ゲインズ新監督(59)が就任した。
「めちゃめちゃ優しいですね。トムさんは常に怒ってるんですけど、コーリーさんは常に穏やか。東京五輪の時に教えてもらったりとかもしたので、どんな人かはある程度は分かります」
自身は3年後には33歳。出場すれば3度目の五輪ととなる。
「全然考えてないです。想像できないですね。まずこの1シーズンをケガしないで乗り越えるかが大事。もう29なので。(五輪など)先(のこと)を意識しすぎて、大きいケガはしたくない。本当に目の前のことを1つ1つクリアしていきたいと思います」
プロになってから、ENEOS一筋。クラブ愛があるからこそ、湧き上がる思いもある。
「小さい頃からこのチームでプレーするのが夢だったので。若い時も中堅になった時も今も、他のチームに魅力を感じたことは正直ないんです」
昨季は16季ぶりの無冠に終わった。皇后杯全日本選手権の連覇は10で止まり、14年の入団以降、初めてタイトルを逃した。
「きつかったですね。歴史を止めちゃったなって。本当にタイトルがなかった時に見る景色はすごく悔しかったです。でも負けて得ることはあったので、次は絶対勝ちたいと思いました。またタイトルを取りに行かなきゃいけないなと感じました」
リーグ戦は終盤戦に入り、現在4位につける。メンバー14人のうち、半数の7人が2000年代生まれ。その中でチーム2番目の年長組として、チームを引っ張る。
「今年はすごく若くて新しいチーム。若い子たちと、新たな歴史を作っていくために、いろいろなことを試行錯誤しながら伝えていかなきゃいけない。でもベテランなので、試合に勝つために、私自身が結果を残していかなきゃいけないです。このチームは勝つのが当たり前と思ってる人がたくさんいる。『ふざけんなよ』って思います(笑い)。でも新たにENEOSを変えていかなきゃいけないタイミング。リーグは若い子たちと一緒に優勝したいと思います」
プライベートでも大きな変化があった。約4年の交際期間を経て、今月8日に結婚した。お相手はENEOS野球部に在籍していた元外野手の榎本和輝さん。宮崎と同じ1995年(平7)生まれの29歳で、京都翔英高時代に、春のセンバツ甲子園に出場している。
「これから名字は榎本になります。パリ五輪を目指していたので、名字が変わることが私としては嫌で。嫌というと相手に失礼ですけど。宮崎のままでやりたかったので、それをしっかり相手にも伝えて2025年まで待ってもらいました。1月8日が私たちにとって一番良い運気だったらしいので、その日を選びました」
アスリート同士の夫婦。家庭ではコートと違う姿も見せるという。
「わりかしちゃんと料理とかします。土日に一緒に作ったりとか。(夫は)ハンバーグだったり、からあげも結構喜んでくれますね。意外と主婦やっている部分はあります」
最後には、女子代表としてバスケットボール界にも変革を求めた。
「女子も男子も結果残している中で、もっともっと盛り上がってくれたらうれしい。メジャーになってくれた方が、若い世代の子たちももっと頑張ってくれる。地上波でバスケやってくれたりとか。バスケがバレーとかサッカーみたいになってくれたらうれしいですね」
◆宮崎早織(みやざき・さおり)1995年(平7)8月27日、埼玉県生まれ。聖カタリナ学園高2年時に全国高校総体準優勝。14年にENEOS入団。21年東京五輪で銀メダルを獲得。同年アジア杯で優勝し大会ベスト5に輝く。24年パリ五輪代表。コート上のニックネームは、どんな時にも揺らがないことから「ユラ」。167センチ、56キロ。