<単独インタビュー>
バレーボール男子の世界選手権が12日、マニラで開幕する。世界ランキング5位の日本は、銅メダルを獲得した1974年大会以来51年ぶりの表彰台を目指す。昨夏のパリ五輪で正セッターを務めた関田誠大(31=サントリー)がこのほど、日刊スポーツの単独インタビューに対応。右足関節の手術から復帰を目指す自信の現状を明かし、大舞台に挑む仲間たちへエールを送った。
◇ ◇ ◇
5月に右足関節後方インピンジメント症候群と右足関節外側側靱帯(じんたい)損傷の手術を受けました。19年ぐらいから抱えていた慢性的なけがでした。最初の方はめちゃくちゃ痛くて「どうしようかな」っていう感じだったのですが、徐々に痛みが当たり前になったこともあり、東京五輪やパリ五輪が控えていたので、なかなか休養期間を空ける想像が出来なかったので難しかった。今まで、だましだましやってきましたが、パリ五輪が終わったこのタイミングで手術する決断をしました。
6歳から競技をしていますが、ここまでの長期離脱は初めてです。2カ月くらいボールにも触らず、ランニングなどのトレーニングも全然やりませんでした。本当にゆっくりしようと、家族と旅行に行ったりしました。リフレッシュできましたけど、やっぱりふとした瞬間に思い浮かぶのはバレーボールのことでした。
7月に入ってからトレーニングを再開しました。今季は日本代表も完全休養となりますが、このオフシーズンを使って10月上旬のペルージャとの親善試合までに復帰できるように頑張っています。手術をする前は、自分で痛くならないように動かして、可動域も狭くなっていました。疲労がたまると動きが悪くなって、最大限のプレーを発揮できていなかった。この手術を通して、以前よりパフォーマンスが上げられると願っています。
3年後のロサンゼルス五輪を見据えているのか、見据えていないのか。そう問われると、五分五分というのが正直なところです。現役生活もいつ終わるかわからないですし、今は1年1年やっていきたいと考えています。
世界選手権は、メンバーにはこれまでと変わらず楽しんでやってもらいたいです。日の丸を背負って試合をすることは、本当に大変な作業。責任やプレッシャーもたくさんある。ただ、そんな中でもやりがいや遊び心を持つことは大切です。そういう物がプラスになり、より一層味が出ていくと思う。僕もその思いを忘れずに頑張ります。
◆関田誠大(せきた・まさひろ)1993年(平5)11月20日、東京都江東区生まれ。東洋高-中大から16年にパナソニック(現大阪B)。18年に堺(現日本製鉄堺)移籍。17年から選出される代表では19年のW杯から正セッターに定着し、21年東京五輪、24年パリ五輪でともに8強に貢献。25年VNLは右足首手術のため欠場。25-26年はサントリー。175センチ、70キロ。