パラ競泳レジェンド成田真由美さん葬儀 弔辞は笠井信輔氏「あなたは世界中の皆さんを励ました」

2000年10月20日、シドニーパラリンピックの水泳女子150メートル個人メドレー世界記録を樹立し、金メダルを獲得した成田真由美さん

パラリンピックの競泳女子で通算15個の金メダルを獲得し、5日に55歳で亡くなったレジェンド成田真由美(なりた・まゆみ)さんの告別式が14日、川崎市内で行われた。

元フジテレビアナウンサーの笠井信輔氏(62)は21日までにインスタグラムを更新。弔辞の挨拶をしたことを明かした。

笠井氏は成田さんとの交流と思い出を以下のようにつづった。

「初めての弔辞

パラリンピックのレジェンド

成田真由美選手(享年55歳)の葬儀が行われました

パラリンピックでのメダル獲得数は20、そのうち15は『金メダル』輝かしい成績を収めて『水の女王』と称されるまでの存在になった真由美ちゃん あまりにも短い生涯でした そして、私にお姉さんから『笠井さんに弔辞をお願いしたいの』と、依頼がありました

ためらわずにお受けしました。

『明るい車椅子少女』と言う取材で中学生のまゆみちゃんに会って40年近くが経とうとしています その長い交流の中で 楽しく笑い合って 苦悩を聞いて

人生最高の喜びにも同席して10年前に新たな入院をお見舞いしてオリンピックの栄光を喜んでがんの私を励ましてくれてそして…自らががんに がんサバイバーの先輩としていろいろ相談に乗ってきました

たくさんの思い出の中で一体何を話そう やはり考えてしまうものですね 

出会いから、別れまで それを端的に語りながら しかし、私は伝え手でもあるのでがんになってからの、闘病の素顔といったもの 最後、どのようにして看取られていったのか?

そんなことをお話しさせていただくことにしました

当日は本当にたくさんの参列者の方が葬儀の最前列に案内されたのも初めてのことです

ご家族、ご親族は皆さんハンカチで涙を揺らしていました

そして、弔辞はすぐにやってきました 原稿を持つ事はやめました

「笠井さん何読んでんの」

真由美ちゃんに叱られそうですからね

亡くなる11日前に「辛い、苦しいよ」と言うLINEが来て、慌ててご自宅に駆けつけると痩せ細った真由美ちゃんが車椅子で笑顔で迎えてくれました

お母さん、お姉さんと一緒に食卓を囲みましたが、真由美ちゃんは何も食べない

「水分とってるから大丈夫なのよ」と、強がるまゆみちゃんに、私はかなり厳しく「食べなきゃだめだ」と自らの経験から訴えました

私が帰宅した後、真由美ちゃんはお姉ちゃんに「笠井さんに怒られた気がした」

と漏らしたそうです

そんなお別れになってしまってごめんね

まゆみちゃんをどうやって看取るのか、病院側はもう入院したほうが良いと言う判断 しかし、真由美ちゃん家で1ヵ月近く在宅で看護してきた。お姉ちゃんやお母さんは体力的にはもうギリギリでした。

それでも、まゆみちゃんの希望ならとご家族は家で看取る決断をして最後の最後、まゆみちゃんがお姉ちゃんの手をぎゅっと強く握ってなくなっていたそうです

「お姉ちゃん、私がんばったよね。偉かったよね。」

そう言いたかったのではないかなと私はそう感じました

まゆみちゃん!偉かった

よくがんばりました

あなたは世界中の皆さんを励ました

いつも前向きで、でも時々ぐずぐず言う。それでも前に向いて進め始める。そんなあゆみちゃんが大好きでした。

真由美ちゃん、安らかに

そんなことをお話しして私は着席したのでした

この日、最も泣けたのは、葬儀場に飾ってあったこの写真でした

真由美ちゃんが立ってるんです!

お母さんと一緒に だって無邪気に遊んでるんです

今見ても涙が出てきます

出会ってから何十年も経ちますが さすがにこの写真を見たのは初めてでした

歩いていたんだと、改めてかんじました

それからの人生ほんとに辛かったけど、よくがんばりました

真美ちゃん弔辞どうだった? 

何も読まずに

心を込めて話しましたよ」 

成田さんは幼少期より車いす生活を送りながら水泳を始め、1996年アトランタ大会から2008年北京大会まで4大会連続でパラリンピックに出場。自由形、背泳ぎ、バタフライなど幅広い種目で世界の頂点に立ち、日本代表として15個の金を含む計20個のメダルをパラリンピックで獲得した。2021年東京大会を最後に引退していた。