涙あり、笑いありで競技人生に区切りをつけた。フィギュアスケート・ペアの「りくりゅう」こと三浦璃来(24)木原龍一(33)組(木下グループ)が28日、都内で引退会見を開いた。2月のミラノ・コルティナ五輪で日本ペア初の金メダルをつかみ、そろって現役引退を決意。今後は将来的な指導者転身とアカデミー設立を視野に、プロスケーターとしてペアの普及に努める。
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会見開始から3秒。木原の瞳からポロポロと涙がこぼれた。三浦から「泣かないで」となぐさめられると、ハンカチで目元を拭った。「最初から泣くことはないと思っていたんですけど、裏でいろいろな方に見送っていただいた時にスイッチが入ってしまって」。関係者の顔を見ると、こらえることができなかった。
2月のミラノ五輪でも、涙に暮れたのは木原だった。ショートプログラム(SP)5位で迎えたフリー当日は、朝から涙が止まらず。世界歴代最高得点で大逆転を決めると再び号泣し、9歳年下の三浦が「今回は私がお姉さん」とツッコんだ。この日の会見も、五輪を再現するような涙でスタート。三浦は「涙もろいイメージがついた。私が引っ張る立場になってしまったね」とほほ笑んだ。
引退を意識し始めたのは、2度目の優勝を飾った昨年3月の世界選手権後。三浦は「これが最後かもしれない思いが、2人の中で出てきた」と明かす。今季のフリーはもともと別の曲で振り付けが進んでいたが「どうしても滑りたい」と、一緒に車の中でよく聞いていた曲「グラディエーター」に変更。振付師にも「最後のシーズンになるかも」と伝えた。今冬の五輪では、思いを込めたフリーで大逆転。「これで引退だね」と自然と決心がついた。
これからはプロとして第二の人生を歩み始める。「日本の皆さんに演技を見せる機会が限られていた。今年中にいろいろなところを回って、ペアの技を見せたい」。全国各地を巡り、ペアの普及に努める構想を打ち明けた。
その先には、指導者として日本をペア大国に導く思いがある。日本人の五輪出場ペアはこれまで7組のみ。要因には指導者不足や環境の未整備があり、2人も19年からカナダ・オークビルを拠点としてきた。三浦は「海外拠点は言葉の壁もあって大変。そうした壁をなくしたい」と望み、木原も「1歩目が国内になれば、ペアをやってみようと思う選手も増えるはず」と力を込めた。
そろって指導者ライセンスの取得に励み、5年後をめどに転身を目指す。木下グループの木下直哉代表取締役社長は「将来的に2人のアカデミーを作りたい」とサポートを約束。三浦は「全日本選手権で自分たちの生徒だけで表彰台を埋めたい」と思い描いた。
33歳で競技人生に終止符を打つ木原も、熱い思いを口にした。「ペアは楽しいけれど、時間がかかる競技。1日、2日、1年、2年でうまくいかなくても、心が折れなくてもいい。続けていけば、必ず花が咲く時がある」。第二の人生も同じだ。ともに笑い泣きながら、りくりゅうは歩み続ける。【藤塚大輔】
◆木原龍一(きはら・りゅういち)1992年(平4)8月22日、愛知・東海市生まれ。4歳で競技を始め、20歳でシングルからペア転向。高橋成美と14年ソチ五輪18位、須崎海羽と18年平昌五輪21位。五輪はミラノが4度目の出場だった。趣味は野球。中京大中京高を経て中京大。174センチ。
◆三浦璃来(みうら・りく)2001年(平13)12月17日、兵庫・宝塚市生まれ。5歳でスケートを始め、中学2年時の15年にシングルからペア転向。市橋翔哉と17年から3年連続で世界ジュニア選手権出場。19年に木原とペア結成。趣味はアニメ鑑賞。大阪・向陽台高から中京大。146センチ。