カーリング女子日本代表のスキップとしてミラノ・コルティナ五輪に出場したフォルティウス吉村紗也香さん(34)が日刊スポーツのインタビューに応じ、6月で現役を引退した理由を語った。決断には23年12月に出産した長男の存在があった。最初で最後と決めて臨んだ五輪の裏側、今後の展望を明かした。【取材・構成=保坂果那】
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ブラウスにパンツ、オフィスカジュアルな装いで登場した吉村さんは、氷上で戦っていた時の姿とは違い、温和な表情を浮かべていた。現在は、現役時代から勤める社会医療法人柏葉会法人本部の広報室に所属している。平日朝8時半から夕方5時までの勤務。
「競技生活の時は朝早くて9時半スタートとかだったので、起きる時間や息子を保育園に送る時間も今の方が少し早くて、準備で朝バタバタしていて、仕事から帰ってきてからも夕食作りでバタバタして…。でも今はだいぶこの生活にも慣れてきた」
ミラノ・コルティナ五輪がある25-26年をもって現役を退くと心に決めたのは、勝負のシーズンに入る前だった。25年2月の日本選手権(横浜市)で優勝し、フォルティウスは五輪への望みをつないだ。V逸すれば、五輪の夢は途絶えていた。同年3月に韓国で行われた世界選手権に出場後に決断した。
「子どもが生まれてからの生活で、引退を考えるタイミングはいくつかあって。やっぱり子どもと一緒にいる時間を作ってあげたいなって思ったり。ミラノ・コルティナオリンピックに向かって自分が走るって決めたから、そこまでやり切りたいって思いもありながら、葛藤があった。明確に決断したのは、世界選手権が終わった後。自分の中で五輪シーズンで一区切りにしようって決めて、そこからシーズンをスタートさせた。この1年全力で走るぞって気持ちだった」
20年5月に結婚し、23年12月に男の子を出産した。産休から2カ月で氷上に復帰し、家族のサポートを受けながら育児と選手生活を両立させる日々が始まった。カーリング選手としてかなえたい夢があるが、子を持つ親としての喜び、両方がせめぎ合った。
「1歳になるまでにハイハイする瞬間も、初めて立った瞬間も、目の前では見られなかった。カナダ遠征中だった。家族が撮影してくれた動画で見ることはできて、『できるようになったんだ』ってうれしい気持ちにはなるけど、直接は見ていない。1歳を過ぎてからも、しゃべれるようになってきて、最初に話した言葉は覚えていないけど、そういう成長の過程を近くで見たいなって思った。増えてくる行事にも参加したいなって思うようになったのが、引退を考え始めたきっかけだった。競技もやろうと思えばできる。けど自分の中での優先順位が今は息子。競技を続けたら自分が後悔しそうだった」
チームメートに引退について正式に伝えたのは、2月のミラノ・コルティナ五輪の最終盤だった。チームは1勝7敗でラスト中国戦を残し、すでに1次リーグ敗退が決まっていた。全員が悔しさを味わい、状況を打破したいという思いを募らせた。
「『私はこのオリンピックが最後だと思っている』と素直な気持ちを伝えた」
ミーティングでは本音をぶつけ合った。最後は思いっきり戦おうと気持ちを切り替え、会場に向かった。五輪ラストゲームに臨み、9-6の白星で締めくくった。
五輪期間中、日本国内ではインターネット上で結果に苦しむフォルティウスに対し、心ない誹謗(ひぼう)中傷があったことを知っている。SNSとは離れ、競技に集中していたため、リアルタイムに見聞きすることはなかった。普段カーリングに親しみのない人も競技に触れることになる五輪の力を前向きに捉えた。
「いろんな意見がある。スポーツは結果がすべてなので。オリンピックはいろんな人が見る大会なので、『ロコ・ソラーレが出ていれば良かった』と比べる人もいる。日本代表決定戦、世界最終予選と自分たちが権利をつかみオリンピックへつなげた。オリンピックでの目標は達成できなかったけど、そこに挑戦できたこと、もがきながらも最後まで諦めないで戦えたこと、そして次への目標、オリンピックでしか味わえないことをこのチームで経験できたのはとても大きかったと思う。これから次の4年をチームが目指すにあたってこの経験をいかしていけるし、自分にとってもオリンピックを経験したからこそ伝えられることがあると思っている。日本に戻り、『オリンピック見てました!感動しました』と声をかけてくださる方が多く、逆に勇気づけられたし、あらためてオリンピックってすごいなと、たくさんの方たちが見てくれていたんだなと感じた」
現在2歳の長男は、カーリングに興味津々だ。吉村さんのスマートフォンの中には、自宅内で転がるボールを追って、カーリングのブラシを掃く姿の動画が保存されている。うれしそうにほほ笑みながら、その動画を見つめる。
「最近『カーリングがしたい』って言い出していて。3歳になったらカーリング場に行ってみようって言っている。でも、今札幌のカーリング場はシートの申し込みが抽選で争奪戦なので、母、頑張らないと(笑い)。息子は結構足腰が強い。やりたいことはやってもらいたいなって思うので、挑戦することは応援したい。カーリングでもそれ以外の何かでも」
子どもの成長をそばで見守りつつ、今後もカーリングと離れることはない。現役引退後もフォルティウスの一員だ。それは21年11月で北海道銀行からのスポンサー契約が終了して、現在のチームを始動する時に「100年続くチーム」と掲げたスローガンのもと、発展させていきたい思いがあるからだ。
「21年にゼロからのスタートで、本当にみなさんに助けてもらって今がある。フォルティウスってチームが好き。恩返しはしていきたい。チームのサポートやいずれフォルティウスとしてジュニアの育成ができたら。カーリングやチームを知ってもらうためのイベント参加もさせてもらいたい。今まで競技第一でやってきていたので、今後はいろんな経験をしながら視野を広げていけたらなと思っている」
◆吉村紗也香(よしむら・さやか)1992年(平4)1月30日、北海道常呂町(現北見市)生まれ。常呂小4年で競技を始める。常呂高から札幌国際大をへて14年に北海道銀行入り。21年12月からフォルティウスとして活動。日本選手権は21、25年優勝。世界選手権は3度出場し、最高は15年の6位。五輪代表決定戦に10年バンクーバー大会から5度挑戦し、26年ミラノ・コルティナ五輪で初出場を果たして8位。