プレーと素顔 ギャップに魅了/圭物語2

<旅立ち2>

 錦織は松江・乃木小6年だった01年、全国小学生選手権に優勝した。テニス界では、少し知られた存在になっていた。その翌年、運命的な出会いをした。12年ロンドン五輪代表監督の村上武資氏(49)だった。

 村上氏は98年に現役引退し、02年に日本テニス協会のコーチになるが、その初仕事で錦織に出会った。協会主催の中国地方の強化合宿が、島根県内で開かれた。「すごいやつがいると聞いていたけど、たかが小学生だと思っていた」。男女各8人の計16人が参加した合宿。一番年上が15歳で、12歳の錦織は最年少だった。「小さくて、ひょろひょろで真っ白」。村上氏は最後の16人目として5~6分、錦織と打ち合った。村上氏は、ドロップショットやロブなど変化をつけて打ってくる錦織に「こんな小学生がいるんだと首っ丈になった」と振り返る。16人で簡単な試合をさせれば、年上の15人にほとんどゲームやポイントを取らせなかった。「今のテニスの超ミニチュア版でした」。

 しかし、村上氏はこの時、ほとんど錦織と話していない。何か話しても「はい、はい」と言うだけ。プレーのすごさと、その素顔のギャップに「本当にしゃべらない。この子、宇宙人か」と思ったという。

 同じころ、錦織が持つギャップに魅了された人がいる。錦織が使用しているラケットを担当しているアメアスポーツの道場滋さん(41)だ。02年RSK全国選抜ジュニアの決勝で敗れた後に初めて会った。泣いているのを、母恵理さんに慰められている時に話しかけた。すると「ぴたっと泣きやんで、錦織圭ですとあいさつしたんです」。

 ラケットの話を少しした後、別れた。その後、また錦織は泣きだしたという。「その使い分けに、子供ながらにこいつすごいなと思いました」。一気に錦織に引き付けられた道場さんは、ラケットを提供することを決める。松江から米国に旅立つ前に、現在を形作る多くの出会いがあった。(つづく)

 

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