ご意見番・上原浩治の貴重なメジャー初勝利手記を復刻「松井さんのおかげで喜びは倍増した」

2013年、ボストン・レッドソックスのクローザーとして世界を極めた上原浩治投手。第1歩のメジャー初登板、初勝利はその4年前、09年の4月8日(日本時間9日)でした。ボルティモア・オリオールズ時代の貴重な手記をどうぞ。

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日刊スポーツ


【ボルティモア(米メリーランド州)8日(日本時間9日)】オリオールズ上原浩治投手(34)がメジャー初登板初勝利の感激を手記で激白した。開幕2戦目のヤンキース戦で先発デビューし初勝利を挙げた。巨人時代の先輩となる4番松井秀喜外野手(34)を二ゴロ、遊直、左飛と3打数無安打に抑え、5回を5安打1失点と好投。大量リードで勝利投手の権利を得た5回86球でお役御免の交代となったが、9回には1発同点の場面で松井が登場。最後は冷や汗ものの勝利となったが、夢のメジャーデビュー勝利に浸った。

デビュー戦で5回5安打1失点で初勝利を挙げたオリオールズ上原浩治=2009年4月8日

デビュー戦で5回5安打1失点で初勝利を挙げたオリオールズ上原浩治=2009年4月8日

実は最高にドキドキしたのは、マウンドで投げている時じゃなかった。2点リードの9回2死二塁で、バッターは松井さん。1発出れば同点で、メジャー初勝利も消えてしまう。そんなに簡単にホームランなんて打てないとは思うけど、打席でメチャクチャ雰囲気があった。マウンドで投げている時は緊張なんてしなかったけど、マジでやばいと思っていた。

巨人にいた時、何度も松井さんのホームランを見ていたから。自分が投げる試合には、特によく打ってくれた印象がある。試合でどんなにいいピッチングをしていても、松井さんがホームランを打って、よく新聞の1面を松井さんにもっていかれた。今日もオレの活躍を松井さんが消してしまうって、そんな不安が心の中から消えなかった。

そんな中でのメジャー初勝利。普通に勝ってもうれしかったと思うけど、最後にドキドキさせてくれた松井さんのおかげで喜びは倍増した。3打席、松井さんを抑えられ、そして最後の緊迫した場面で松井さんでゲームセット。因縁めいた勝ち星だったと、つくづく思う。本当にうれしい白星になった。

1回表ヤンキース、メジャー初登板の上原と対決する松井=2009年4月8日

1回表ヤンキース、メジャー初登板の上原と対決する松井=2009年4月8日

自分の勝利もうれしいけど、チームが強いヤンキースに勝てたことが一番うれしかった。実はここまでチームに申し訳ないことを考えていた。自分の目標は200イニング登板だと話していたけど、目標にした勝ち星は3勝だった。なぜ3勝にしたのかは、いくつか理由があった。

巨人出身のメジャーリーガーで最多の勝ち星は柏田さん(元メッツで現巨人渉外担当)の3勝。まずはそれに並びたいと思っていたんだけど、オリオールズはア・リーグ東地区のBクラスの常連だった。入団が決まって、周りのみんなから「勝ち星は増えない」と言われていた。

自分にプレッシャーをかけたくなかった。昨年も調子はよかったのに、勝てなくて調子を崩した。強い巨人で、いいピッチングをしても勝てない時はある。正直、それが弱いと言われているチームでは、なおさら勝てないんじゃないかって思っていた。そんなことで焦りたくなかったから、目標を3勝にして徐々にペースを上げていけばいいと思った。

それが初登板初勝利。しかも優勝候補のヤンキース相手に勝てた。弱いって言われていたけど、オリオールズ打線は、ヤンキース打線にも引けを取らないと思うほど、いいバッターがそろっている。しっかり投げれば勝てるチームだと、確信できた。3勝なんて低い目標を設定したけど、今では申し訳ないという気持ちになれた。

初勝利を挙げた上原浩治(左)は捕手のグレッグ・ゾーンらナインから祝福される=2009年4月8日

初勝利を挙げた上原浩治(左)は捕手のグレッグ・ゾーンらナインから祝福される=2009年4月8日

春季キャンプでトレンブリー監督が「オレの誕生日を知っているか」と聞いてきたことがあった。10月13日だって聞いたから「ワールドシリーズ出場で忙しくなりますね」って答えた。そしたら監督は大笑いしていた。日本では最下位に予想されるチームでも、目標は優勝だって言うのが一般的でしょ。でも、こっちの人は違う。オリオールズ担当記者も「強くなるのは2、3年後」だって平気で言っているようだし…。まだまだ先は長いけど、初勝利という壁は突破できた。

笑われるかもしれないけど、自分の今季目標は、チームの優勝に軌道修正したいと思う。最後にお世話になった巨人の関係者や、応援してくれるファンのみんなに感謝したいです。

(オリオールズ上原浩治)

★上原が先発して奪三振ゼロは01年9月24日ヤクルト戦の1度しかないが、この時は2回1/3で降板。先発3イニング以上で三振ゼロはプロ入り初めてだ。巨人時代に通算奪三振率(9イニング平均個数)7・99個をマークした上原にしては珍しい投球内容だった。

★上原浩治(うえはら・こうじ)1975年(昭50)4月3日、大阪府寝屋川市生まれ。東海大仰星から1浪して大体大進学。98年ドラフト1位で巨人入団。2度の沢村賞などエースとして活躍した。

08年オフ、FAでオリオールズ移籍。レッドソックス時代の13年、抑えでワールドシリーズ制覇。大リーグでは4球団でプレーし、18年に巨人復帰。19年5月に引退。

04年アテネ五輪、06年WBC、08年北京五輪代表。国際大会の通算成績は、大体大時代を含め25試合で12勝0敗2セーブ、防御率1・92。06年WBCでは準決勝の韓国戦で勝利投手になるなど優勝に貢献。現役時代は187センチ、87キロ。右投げ右打ち。