ゆず、いきものがかり、安室奈美恵 milet 五輪ソングは歌い手の思いが心に刻まれる

注目の人、話題のこと。もっと知りたい、もっと読みたい。その思いをかなえます。スポーツの祭典の感動を増幅させる五輪放送テーマソングの誕生秘話、アーティストの思いを紹介します。

ストーリーズ

笹森文彦


 オリンピック放送には冬季も夏季も音楽がつきもの。北京オリンピック(中国)でも、NHKはmilet(ミレイ)が歌うウインタースポーツテーマ曲「Fly High」で、熱戦を盛り上げた。NHKのオリンピック放送のテーマソングなどからは多くのヒット曲が生まれている。夏季ではアテネ大会(ギリシャ、04年)の「栄光の架橋」(ゆず)、ロンドン大会(イギリス、12年)の「風が吹いている」(いきものがかり)。そしてリオデジャネイロ大会(ブラジル、16年)の「Hero」(安室奈美恵さん)がその代表格。4年に1度の感動とともに、人々の記憶に刻まれた名曲を振り返る。

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 北京オリンピックで、日本勢は冬季五輪で過去最多となる18個のメダル(金3、銀6、銅9)を獲得。多くの日本国民を感動させた。音楽もサイドから盛り上げた。特にNHKで流れたmiletの「Fly High」は、テレビで応援する人々の感動を増幅させた。

 <歌詞>どこまでも 高く高く飛べると 見たことのない景色まで

 同曲を制作するにあたって、前回の平昌オリンピックの映像をあらためて見た。特にフィギュアスケート男子の羽生結弦の演技に大きなインスピレーションを受けた。サビの頭がジャンプのタイミングにピッタリはまるような作り方をしたという。

 miletは昨年の東京五輪閉会式で「愛の賛歌」を歌い、世界中から注目を浴びた。まさに“五輪の歌姫”である。

 NHKのオリンピック放送からは、記憶に残る数々のテーマソングが生まれている。88年のソウル大会(韓国)で浜田麻里の「Heart And Soul」が使用されたのが最初。以後、冬季、夏季それぞれでテーマソングが使用されてきた。アーティストを選ぶ基準は「選手への共感や感動をストレートな歌詞とメロディーで表現でき、世代を超えて支持されるアーティスト」である。

 04年の夏季アテネ大会は、ゆずの「栄光の架橋」がテーマソングだった。

 <歌詞>いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある だからもう迷わずに進めばいい 栄光の架け橋へと…

 作詞・作曲の北川悠仁はオファーを受けてから約2カ月、プレッシャーで何も書けなかった。「選手の気持ちは僕になんか分かりっこないので、そこを全部取っ払っちゃいました。自分が歩いてきた道を書こうと思ったんです」。

 96年に結成したゆずの活動拠点は、横浜・伊勢佐木町の松坂屋前の路上だった。誰も相手にしてくれず、酔っぱらいにからまれる日々を経験して、東京ドームを満杯にするデュオとなった。北川はその成功までの葛藤を詞に込めた。歌が出来上がった時、岩沢厚治は「自分にも遠くない曲だな」と思った。北川は「生きていく中で負けること、悔しかったことはだれにでもある。主婦だって、サラリーマンだってそうじゃないですか。でもその中で『頑張ってきて良かった』という瞬間もあるはずですから。そういう気持ちでつくった歌」と話した。

 体操男子団体の金メダル獲得の瞬間に、NHK刈屋富士雄アナウンサーが「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ」と名実況した。「栄光の架橋」はその後もロングヒットし、世代を超えて支持され続けた。そして発表から13年後。「栄光の架橋」は17年の第68回NHK紅白歌合戦で大トリ曲となった。

 「栄光の架橋」の前に、紅白でトリとなったテーマソングがある。12年の夏季ロンドン大会で、いきものがかりが歌った「風が吹いている」である。その年の第63回NHK紅白歌合戦で紅組トリとなった。

 <歌詞>風が吹いている 僕はここで生きて行く 晴れわたる空に 誰かが叫んだ ここに明日はある ここに希望はある

 ロンドン大会で日本は7つの金を含め史上最高の38個のメダルを獲得した。前回の夏季北京大会(08年)の25個を大きく上回り、日本中が沸いた。「風が吹いている」は12年を象徴する1曲となった。

 ただオリンピックのテーマソングではあるが、深い意味が込められた。前年の11年3月11日、東日本大震災が発生。原発事故も起きた。絶望が消えない中で、オリンピックがやってきた。7分44秒という大作には「それでも違う風は吹く。我々は希望を持って、ここで明日を生きて行かなければ」というメッセージが聞こえる。

 水野は、2度目の東京大会が開催予定だった20年元日の日刊スポーツ紙面に「これはあなたの物語だ 2020年、東京」という詩を寄稿した。伝えたかったことをこう語った。「オリンピック開催が決まって、どうしても私たちは『1964年の夢をもう1度』と後ろをふり返りがちになります。でも一番大事なのは今を生きている人たち1人1人が大会を通じて何を感じ、どう生きていくかを考えること。それが結果的に新しい時代だったり、文化といったものをつくっていくのだと思います」。

 「風が吹いている」はいつまで人々に問い掛け続けるだろう。「これはあなたの物語だ」と。

 安室奈美恵さんが歌った夏季リオデジャネイロ大会(16年)の「Hero」は、民放も含めた数あるオリンピックのテーマソングの中で珠玉の1曲である。

 <歌詞>君だけのためのhero どんな日もそばにいるよ oh… I,ll be your hero

 テーマソングのアーティストに選ばれた際、安室さんは選手に向け「皆さんの戦う姿は、いつも沢山の人に夢や希望、感動、勇気を与えてくださいます。皆さんが『リオで輝くために!』私達はいつも応援しています。アスリートの皆さん。是非、リオで輝いてください」というコメントを出した。その言葉通り、この曲がリオでの選手の活躍を輝かせ、応援する日本国民の心を熱くした。

 リオ大会から2年後の18年9月16日、安室さんは電撃的に引退した。その前年の第68回紅白で、特別出演歌手として「Hero」を歌ったのが、紅白での最後の歌唱となった。

 安室さんは間違いなく「Heroine(ヒロイン)」だった。そして「Hero」は、安室さんからファンに向けたメッセージにも聞こえて来る。「どこまでも すべて君のために走る 永遠に 輝くあの星のように」と歌ってくれているのだから。

 オリンピックのテーマソングには、アーティストそれぞれの思いも込められている。

 次回開催予定の夏季パリ大会(24年、フランス)と、冬季ミラノ・コルティナダンペッツォ大会(26年、イタリア)で、どんな名曲が生まれるか今から楽しみである。