ミルクボーイ「東京進出」眼中なし 堂々と突き進む漫才師の道

総勢6000人にも及ぶ所属タレント、芸人を抱える吉本興業。日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週木曜日を「吉本の日」とし、企画インタビューを掲載。

今回登場するのはミルクボーイ。突き進む漫才道へのこだわりを明かしてくれました。

おもろいで!吉本芸人

三宅敏、村上久美子

お笑いの世界でスターを夢見る若者は多い。特に漫才コンビがひしめきあうのが大阪。今年の上方漫才大賞に輝いたミルクボーイも、そんな若者だった。デビュー後、酒やギャンブルの誘惑で遠回りしてしまったが、見事に復活。苦労した分、強くたくましくなって漫才道を前進する。角刈りの内海崇、マッチョの駒場孝に胸の内を聞いた。

   ☆   ☆   ☆

発表まで守った秘密

19年末のMー1グランプリ優勝から2年半足らず。今年4月に上方漫才大賞を受賞した。堂々の2冠だ。これは中川家、笑い飯、ブラックマヨネーズ、フットボールアワー、ますだおかだに続く6組目。

しかも…57回目を数える上方漫才大賞で、新人賞・奨励賞を経ることなく、いきなり大賞をかっさらったのは、74年の三人奴以来。当時の三人奴らは、既に大ベテランであり、新人賞・奨励賞の機会がなかっただけ。今回のミルクボーイは、事実上“史上初”の快挙でもある。

内海 おかげさまで、会う人会う人から「おめでとう!」と祝福されます。Mー1グランプリ以来の大きな反響に驚いてます。新人賞、奨励賞を飛び越えての大賞ですから、責任の重さを感じています。

駒場 やはり受賞はうれしいですね。お祝いの言葉をいただくのは、Mー1の時よりも年配の方が目立つような気がします。ちょうどわが家に赤ちゃん(長男)が生まれたのとほぼ同じ時期だったので、二重の喜び。この賞は将来、子どもにも自慢できますね。

悲願の大賞が決まったとの知らせを内々で受けてから、発表の日まで1カ月近くあった。この間は誰にも「受賞した」「決まった」とは言えず、秘密を守らねばならなかった。お笑いの世界の先輩、仲間から「お前らと違うのか?」「大賞でしょ?」と尋ねられても、「はい」とは言えなかった。

内海 とはいえ「僕らじゃないです」と言えばウソになるので、そうとも言えない。「え? 何が?」と必死でとぼけてました。前年のかまいたちさんも、似たような状況やったらしいです。

駒場 Mー1の時は正直、ラッキーもあったと思います。あれから2年、3年と漫才を積み重ねてきたので、今回の達成感は格別でしたね。

関西のファンには、劇場出演やテレビ、ラジオを通じてミルクボーイの活躍は広く知られている。だが、東京の一部メディアからは「Mー1の後、彼らは消えた?」と、事実とかけ離れた報道が出たこともあった。

内海 そんなに腹が立つということもなかったんですけどね。ただ「関西でひっそりと活動」「地道に漫才を」なんて言われると、それは違うんやないかと。「ひっそりと」「地道に」ではなく「堂々と」「華々しく」漫才をやってきたつもりですから。

ミルクボーイの内海崇(手前)と駒場孝(2022年4月撮影)

ミルクボーイの内海崇(手前)と駒場孝(2022年4月撮影)

やすよ・ともこの叱咤激励

上方漫才大賞の発表には吉本の先輩であり、同賞の経験も2度ある姉妹漫才コンビ海原やすよ・ともこがサプライズ出演。ミルクボーイが一時、スランプに陥り、漫才から遠ざかっていた頃、叱咤(しった)激励したのが、姉妹コンビだった。「おもしろいんやから、もう1度、真剣に漫才に取り組んだら?」。この言葉で目が覚めた。

内海 2010年まで続いたMー1グランプリが一度中断され、大会が復活したのは15年でした。Mー1が開催されなかった4年間、何をしたらいいのか分からなかった。全力で漫才に打ち込むことができなかったんです。いま振り返れば暗黒時代ですね。

内海は競馬、パチンコにのめり込み、駒場は先輩芸人と飲み歩く日々。新ネタを作る意欲もなく、舞台への情熱は徐々に失われていった。

駒場 朝からアルバイトに行って、夕方からは先輩と飲み会へ。朝まで飲んで、またアルバイトという生活でした。週に6日も淡路島に遊びに行って、海辺で飲むこともありました。

結局、5年間の遠回り。しかし、やすよ・ともこのゲキが効いて、16年暮れに一念発起。芸人仲間のツートライブ、金属バット、デルマパンゲらとともに漫才イベント「漫才ブーム」を立ち上げる。

内海 それでも最初は知り合いしか来てくれなかった。サボっているうちに、それまで応援してくれた人も離れていったんです。この時、本気でギャンブルは卒業しました。

ミルクボーイの駒場孝(左)と内海崇(2022年4月撮影)

ミルクボーイの駒場孝(左)と内海崇(2022年4月撮影)

上方漫才のルーツは大阪

生まれ変わろうと気合を入れ直し、心機一転。ヘアスタイルも一新し、この頃に今のトレードマークでもある「最強の角刈り」が完成した。以来、理髪店とは切っても切れない関係が続き、親にも秘密にしていた「上方漫才大賞受賞」を散髪に行った際、理髪店の店主にはこっそり打ち明けたという。そのおかげもあって、受賞の際には一段と気合が込められた角刈りで臨むことができた。

生まれ変わったミルクボーイは快進撃。「うちのおかんが‥」と駒場が切り出すしゃべくり漫才で爆笑を呼ぶ。そして19年12月22日、涙のMー1グランプリ優勝。その後もおごることなく、漫才の腕を磨く日々。その積み重ねが上方漫才大賞につながった。

駒場 うちのおかんは、お笑い好きで、どこに行っても大阪弁で通します。転勤族なので、横浜や沖縄にも住みましたが、ずーっと大阪弁です。僕らの漫才でいじられても、それを喜んでくれてるみたいです。

内海 (駒場の母親は)明るくて、よくしゃべる、いわゆる大阪のおかんですね。僕にもLINE(ライン)を送ってくれる気さくなおかんです。

2冠に輝き、大阪の漫才を代表する存在にまでのし上がったミルクボーイ。しかし、いわゆる「東京進出」など眼中にはない。

上方漫才のルーツは大阪にあり、その本拠地ともいうべき「なんばグランド花月(NGK)」があるからだ。テレビ番組で司会を務めたり、バラエティーで笑いを取るのも悪くはない。しかし、ミルクボーイは漫才師としての道を最優先する。

内海 全国から大阪に遊びに来た人たちには、NGKや、よしもと漫才劇場(若手中心の舞台)にも足を運んでほしい。大阪にやってくる理由に「せっかくだから漫才を見よう」と考えてくれるファンが増えたら、こんなうれしいことはない。

駒場 いろんな仕事をさせてもらいますが、劇場で漫才をやって、お客さんに喜んでもらえるのが一番ありがたい。これからも、まだまだ面白いネタを作っていきますので、ぜひ見に来てください。

さんまに感激

折しも吉本興業創業110周年特別公演「伝説の一日」が4月2、3日に開催された。満員の客席を前に、ミルクボーイもネタを披露し、また「さんまの駐在さん」にも出演した。120周年となる10年後には、看板を背負うコンビの1組になっている可能性だってある。

内海 伝説の一日では、本当に貴重な経験をさせてもらいました。豪華すぎる先輩がたが多数集結して、層の厚さをあらためて教えられました。「駐在さん」に出演させてもらって(明石家)さんまさんが汗びっしょりになって、全力で舞台を盛り上げてくれるのを間近で見ることができて感激でした。

NGKのトリを務めるオール阪神・巨人はじめ、中川家、やすよ・ともこら実力派コンビがひしめく世界だが、ミルクボーイはともにまだ36歳。上方漫才大賞の2度目、3度目受賞のチャンスも十分ある。10年、20年後どんな大物になっているのか、今から楽しみでしかたない。

◆ミルクボーイ

駒場孝(こまば・たかし)は1986年(昭61)2月5日、大阪市生まれ。趣味はボディービル。3月に長男が誕生。

内海崇(うつみ・たかし)は85年12月9日、兵庫県姫路市生まれ。特技はけん玉(初段)。角刈り頭とダブルのスーツがトレードマーク。

大阪芸大在学中に出会い、コンビ結成は07年。19年Mー1グランプリ優勝。22年上方漫才大賞受賞。ABCラジオ「ミルクボーイの煩悩の塊」「ミルクボーイの火曜日やないか!」に出演中。