【哀川翔アニキのカブトム史㊤】自己流の飼育法 全ては「ビニール袋事件」から始まった

ストーリーズ

寺沢卓

夏休み、捕虫網、クヌギの木…といえば、そうカブトムシ! 芸能界でカブトムシの第一人者として知られる俳優哀川翔(61)にアニキ流「カブトムシ飼育法」をじっくり聞いてきた。いまや年間約5000匹を成虫にしているカブトムシマスターのアニキだけど、幼虫から成虫にさせることができたのは20年前のある偶然の出来事だった。

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アニキが本格的にカブトムシを飼育するようになったのは日本と韓国がサッカーW杯の主催地となった2002年。ちょうど20年前のことだ。

アニキ ゴールデンウイーク(GW)明けぐらい。41歳のときだね。故郷・鹿児島の古くからの温泉地を訪ねた。山の中をピクニックやバーベキューができるような、アウトドア好きにはたまらんスポットだな。

当時を思い起こすアニキは少年のようなキラキラした瞳で語った。古い温泉地はその2年後の2004年、「天空の森」というホテルを中心としたレジャー施設になる場所だった。

アニキ 山を切り開いている途中だったから大木があって、大量のおがくずが放置されていた。一緒にいた友だちに「こういうところにさ、カブトムシの幼虫がいるんだよ」とかいいながら、そのおがくずの山を軽く蹴った。もう、びっくり。ゴロンとしたカブトムシの幼虫が次から次に出てきたんだ。

慌てて宿泊していた温泉宿に戻った。ビニール袋と段ボールの箱を用意してもらって幼虫50匹ぐらいを捕獲。ビニール袋に大量のおがくずと一緒に入れて、段ボールの箱につめて、飛行機で運んで、東京の自宅ベランダの日陰になる場所に置いておいた。

アニキ で、その段ボールのことさ、すっかり忘れちゃったんだよね。で、梅雨入り前のある日…だから6月初旬かな。ごそごそ、って音がするんだよ。なんだろう、と。「あーーーーーーーっ!!」て思い出して、カブトムシの幼虫、そのままにしていたわ、って。

段ボールをおそるおそる開いてみると、とんでもないことになっていた。

アニキ 見事に全部孵(かえ)っていた。小学生のころから幼虫を捕まえてきたけど、羽化させられたのは人生で始めてだった。オレね、この「ビニール袋事件」以来、何度か幼虫とおがくずをビニール袋に入れて羽化に成功している。この作戦はけっこう確率が高いんだよ。

※羽化(うか)=昆虫が、幼虫またはさなぎから成虫に脱皮・変態すること。昆虫は成虫になると羽根が生えることから、成虫になることを指す。

なぜ「ビニール袋事件」で幼虫が羽化できたのか? アニキは3つの利点を挙げた。

(1)乾燥しない おがくずが湿り気のあるまま維持できる

(2)温度管理ができる 5月ぐらいだと、屋外だとまだ寒い日があったりするけど、温度も20度以上を保てる

(3)外敵から身を守れる 直射を避けられるし、カラスやアナグマと接することがない。

アニキ カブトムシの幼虫はカラスやアナグマに食われちゃうんだよ。それだけ栄養価が高いんだろう。野生のアナグマなんかいっぱい生息しているし、アナグマはカブトムシの幼虫大好きだからね。

カブトムシとの因縁はおがくずから始まっている。鹿児島・鹿屋小学校5年の夏休み。ラジオ体操から自宅に帰ってきたときに衝撃の光景をみてしまった。

アニキ 家の真ん前がげた工場だった。できたてのげたはまだ生の木。乾かすのにげたって円形に積んでいくのよ。ラジオ体操が終わって、家に戻る直前にそのげたが丸く組まれているところにカブトムシがいっぱいとまっていたんだ。

一心不乱にカブトムシを捕獲する小学5年のアニキ。ふと、考えてしまった。

アニキ 何でカブトムシがいるんだろう、と思った。だって蜜の出る木もない。もしや、と思って山のようになっているおがくずを蹴飛ばしたら、カブトムシがさらにいっぱい出てきた。つまりげた工場のおがくずの中に卵を産み付けて、それが羽化したのが出てきていたんだな。それ以降、おがくずチェックは欠かしていないね。

アニキが小学生のころ、今あるようなカブトムシの飼育のマニュアル本なんぞはなかった。

アニキ それでもさ、昆虫図鑑とかでカブトムシは主役級なんだよね。見開き2ページの扱いだったりするわけよ。スイカにカブトムシが乗っているというような写真が掲載されているだけだったんだよね。しかも、砂糖水を脱脂綿に吸わせてエサとしてくれ、とかしか書いてない。細かいこと、詳しいことは書いてないから、すぐに死んじゃうんだよね。(8月10日配信の第2弾につづく)