【哀川翔アニキのカブトム史㊥】成虫を全滅させた過去・・・「奇跡の産物」ギネス88ミリを語る

ストーリーズ

寺沢卓

自然にあふれた鹿児島とはいえ、カブトムシを捕まえるのはけっこう大変だった。芸能界でカブトムシの第一人者として知られる俳優哀川翔(61)は少年時代、明け方に山奥やダムに行ったり、体育館の街灯の下でカブトムシを待ち伏せた。代々先輩から引き継がれていた「あの木にいるぞ」っていう秘密の木もあった。

アニキ でも、その秘密の木は自転車で片道10キロぐらいの離れた場所だったりした。家の前のげた工場のことを知っちゃったら、もう秘密の木にも行かなくなったなぁ。

げた工場でおがくずの中にいたカブトムシと出会ったのが運命だったのかもしれない。さらに、その1年後の小学6年のときにある“情報”が入った。

アニキ 学校の近所に銭湯があった。そのボイラー室前に小さなチップがむちゃくちゃ積んであったんだ。オレの友だちが「あそこの銭湯のチップの中にカブトムシがいるぜ」って言ったわけ。「本当かよ、じゃあ、休み時間にいってみよう」って、昼休みって45分ぐらいあるじゃん、友だちと2人で行って、そのチップの山になっている場所を崩したら、カブトムシがむちゃくちゃいたんだよ。

インターネットもない時代、子どもの探求心というか、カブトムシを探し出すアンテナの感度はとても高性能だった。

アニキ すげぇなぁ、って。そんな情報を聞いたことなかったもんね。でもさ、行ったのは、その1回だけ。カブトムシがさ、小さかったんだよね。多分、おがくずに比べて、チップの栄養価が低かったのかもしれないな。

そんなアニキでも飼っていたカブトムシを全滅させた経験がある。

アニキ 15年ぐらい前の梅雨のころ。それである日、急に気温が下がった日があったんだよね。オレは仕事だったから家の外にいて「うわ、むちゃくちゃ寒くねぇか?」とか仲間と話していたら、なんと10度以下。帰宅したら全部死んでいた。成虫30匹ぐらいかな。

※カブトムシの適温=アニキの飼育経験ではカブトムシの活動する適温は25~26度。森とか林のようにある程度湿り気があって、直射がない涼しい場所がいい。カブトムシは20度を切ると動かなくなり「10度を割ると死ぬ」(アニキ談)。

10年ほど前、番組の取材で「世田谷区に住むおばあちゃんがカブトムシを育てている」ということで、そのおばあちゃんをアニキがリポーターになって訪ねる企画が持ち上がった。

アニキ ワクワクするじゃん。即OKだよ。そのばあちゃんの家の広さは100坪で、庭は半分の50坪。森だよ、森。立派なクヌギの木があって、ばあちゃんは「50年前からこの木はある」と言ったんだ。

なぜかクヌギの木の下には水の入っていない3メートル四方のプールがあった。

アニキ そのばあちゃんが偉いのは、そのプールにクヌギの落ち葉をためて腐葉土にしていた。何のため? カブトムシを育てるためだけのプールなのよ。もうビックリ。オレも自分の庭にクヌギを植えて、カブトムシの飼育専用プールをつくろうかなともくろんだけど、まあ、思っただけで実行はしなかったけどね。

現在は茨城のカブトムシを育成する会社の好意もあって、飼育場の一角を借りて年間約5000匹の幼虫を羽化させている。15年には体長88ミリの日本最長のカブトムシが羽化して、当時の日本のカブトムシの最長記録としてギネスブックにも掲載された。

アニキ 風のうわさで90ミリが出てきて抜かれちゃったらしいけどな。でも世界でもあのツノのあるフォルム(形)は日本固有なんだよね。88ミリで交配させたけど、その子どもが大きくなることはなかった。大きいカブトムシは奇跡の産物なのかもしれないな。(8月15日配信の第3弾につづく)