高梨沙羅失格の取材現場 「記者の仕事」と「人としての感情」

北京オリンピック(五輪)で悲劇に見舞われたノルディックスキー・ジャンプ女子の高梨沙羅(25=クラレ)。現場で担当記者はどう動き、何を思ったか。保坂果那が胸の内をつづりました。

ストーリーズ

保坂果那

<北京五輪:ノルディックスキー・ジャンプ個人4位、混合団体4位>

北京オリンピック(五輪)で初採用されたノルディックスキー・ジャンプ混合団体で、前代未聞の悲劇の目撃者となった。スーツ規定違反による失格者が女子で5選手も出た。そのうちの1人が日本女子のエース高梨沙羅だった。彼女が泣き崩れ、憔悴(しょうすい)しきった状態から涙のジャンプを飛んだ姿に、胸が締めつけられる思いだった。

2月7日。舞台は前夜、男子ノーマルヒルで小林陵侑が日本勢28年ぶりの金メダルを獲得した中国・張家口の国家ジャンプセンター。1人目の高梨は103メートルを飛んだ。得点を確認後、うまく決められなかったテレマーク姿勢をして反省する姿。そこにはまだ、手応えとともに、笑みを浮かべる余裕があった。

5日の個人戦ではメダルを逃して4位だった。前日の公式練習では休養する女子選手も多数いる中、全3回を飛んでこの日のために調整。しっかり前向きに切り替えられているという印象を受けていた。

7日、ジャンプ混合団体、高梨の1回目の飛躍

7日、ジャンプ混合団体、高梨の1回目の飛躍

4人1組の各チームの2人目の飛躍を見守っていた時だった。ポケットの電話が鳴った。日本の社内にいる上司からの国際電話だった。「テレビで高梨失格と出ている」。すぐ、国際スキー連盟(FIS)の公式サイトで速報を見た。「SCE4-Suit」の文字が飛び込んできた。スーツ規定違反による失格を意味する。

焦った。今まさに、目の前でジャンプが行われている現場の会場では何のアナウンスもない。慌ててミックスゾーン(取材エリア)へと走った。出場10チーム中、上位8チームが進む2回目に進出できなければ、1回目の飛躍後しか取材の機会がないからだ。

団体戦はチームによって力の差があり、日本はメダル候補で上位の力があるとされている。それでも、得点源の1人、高梨1人分の得点が無効になって3人分の得点で上位8チームに入ることは難しい-。

ジャンプ混合団体1回目、着地する高梨

ジャンプ混合団体1回目、着地する高梨

高梨はすでに引き揚げてしまったかもしれない。とにかく、言葉を聞くため待っていると、スタッフに肩を抱きかかえられながらうつむいて歩く高梨の姿が見えた。記者として、取材に間に合ったと安堵(あんど)したが、一人の人間として、そんな感情はすぐに吹き飛んだ。

1歩、2歩、3歩、進んではしゃがみ込む。支えられながらようやく立ち上がるが、なかなか前に進めない。両手で顔を覆い、泣きじゃくる。その様子を見つめていると、斉藤智治日本選手団スキーチーム監督が、日本の報道陣が集まるエリアにやって来た。「(高梨は)話せる状態じゃないので」と取材対応なしのアナウンスがなされた。

それでも、食い下がり、ひと言だけと、お願いしてみるのが我々記者の仕事だろう。だが、そう声をあげる者はいなかった。私も、仕方ないと、納得してしまった。高梨の様子を目の前で見ていたからだった。

信じられないことが起きていた。高梨だけではなく、ドイツ、オーストリアにも失格者が続いた。全員がスーツ規定違反だった。2回目を含め、最終的に5人に増えたが、3人でも異例だった。

ジャンプ混合団体、2回目の飛躍を終え、涙する高梨

ジャンプ混合団体、2回目の飛躍を終え、涙する高梨

会場に設置されている電光掲示板も、最新の結果の反映が間に合わない状況になっていた。なぜか中国に高得点が表示されていたり、順位が間違っているなど、混乱が伝わってきた。現場にいながら、何度となく、FISの速報をインターネットを通じて確認するしかなかった。スマートフォンを握り締め、日本の2回目進出を確認した。

しかし、高梨は飛べるのだろうか。棄権もあり得ると予想した。もし、あの精神状態で飛んだら危ないのでないか。そんな思いでいると、スタート順をゲートの横で待つ高梨の姿を見つけた。

高梨の番。98・5メートルを飛んだ。着地後、カメラに向かって深く頭を下げていた。長年飛び続けている彼女は、体に染み付いた感覚だけで飛び切ったように見えた。

その後、チームメートの飛躍を祈るように見守っていた高梨。4番手の小林陵が106メートルの大ジャンプを披露すると、一瞬安堵(あんど)した表情ものぞかせたが、すぐに泣いた。

ジャンプ混合団体終了後、涙する高梨(手前)を抱き寄せる小林陵(右)

ジャンプ混合団体終了後、涙する高梨(手前)を抱き寄せる小林陵(右)

自身が失格にならなければ-。そんな悔しさと申し訳なさの涙だった。日本は4位。表彰台まで8・3点差だった。

事前のアナウンスどおり高梨はミックスゾーンに現れず、日本はその他の3人が順番に取材対応した。どの選手も高梨への思いやりがあった。

小林陵はテレビでのインタビューで「たくさんハグしてあげました」と話した場面が注目を集めたが、新聞社向けの取材ではいくつかか質問を受け、最後に自らこう話した。「沙羅は2本目、集中して、いいパフォーマンスができていたと思う。本当に強いなと思いました」。一番伝えたかった言葉だったと思った。

佐藤幸椰は「予想できた人いますか?」と努めて明るく振る舞った。伊藤有希は「自分がもう少し距離を伸ばしていれば、メダルは取れたと思う。すごく申し訳ない気持ちでいっぱい」と自分を責めた。

混合団体終了後、佐藤幸椰(右)と言葉をかわす高梨

混合団体終了後、佐藤幸椰(右)と言葉をかわす高梨

高梨のスーツの太ももまわりが、規定より2センチ大きかったことが日本チームから説明された。横川朝治ヘッドコーチは「選手は僕らの用意したスーツを着てそのまま飛ぶ。僕らスタッフのチェックミスです」と話した。

そこから数日間、北京で取材を続ける担当記者として、現地と日本国内でのこの出来事への受け止め方、温度差を感じることになった。高梨がインスタグラムに真っ黒な画面とともに謝罪文を投稿すると、さらに話題が大きくなった。

ジャンプ混合団体終了後、涙する高梨(中央右)を抱き寄せる伊藤

ジャンプ混合団体終了後、涙する高梨(中央右)を抱き寄せる伊藤

実は、この事象に対し「(日本を含め)すごい反響だ」と電話で上司から聞かされても、現場での降って湧いたような混乱や、押し寄せるように想定外の事態が重なったこともあってか、正直、ピンとこない自分もいた。検査方法や、そもそものルールなどについての議論も、活発になされていると知った。

これまでジャンプに慣れ親しんでいなかった人までも試合を見て、感じて、意見を発信する。これが五輪というものなのか、そうも感じた。

記事を書いた試合翌日の日刊スポーツは「沙羅泣かないで」という見出しで、その日一番の話題として1面の扱いだったが、それ以降も、記者として関連記事を出し続けることが求められ、それが仕事だと取材を続け、キーボードをたたいた。

しかし、報じることが、一番、高梨を苦しめることになるのではないか。読者の興味や関心に応える記事を書くことが仕事だと肝に銘じているが、そんな自問自答も繰り返した。先輩記者に相談もした。

7日、ジャンプ混合団体、2回目の飛躍を終えた直後、涙する高梨

7日、ジャンプ混合団体、2回目の飛躍を終えた直後、涙する高梨

高梨はこのまま復帰できず、ジャンプから離れてしまうのではないか。そんな心配もあったが、3月2日(現地時間)のワールドカップ(W杯)リレハンメル大会で復帰。約1カ月ぶりの試合でいきなり優勝した高梨は、表彰台の中央で笑っていた。

涙の北京ラストジャンプの目撃者となり、記者としていろいろと考え、思いを巡らせた。ただ、これだけは言える。日本女子ジャンプ界のエースは、やっぱり強かった、と。