【マスターズ優勝の記憶】19年ウッズ「このコースをプレーする、頭に小さな図書館を持っている」

タイガー・ウッズが13年というブランクを経て、ゴルフの聖地オーガスタで頂点に立った。衰える肉体。43歳でのカムバック劇の裏にあったものとは? 2人の子どもへの「強い父」でありたいという願いがあった。(2019年4月16日紙面より。年齢、所属など当時)

ゴルフ

松末守司

<プレイバックセレクション>


◇19年4月14日◇米ジョージア州オーガスタGC(7475ヤード、パー72)◇賞金総額1150万ドル(約12億7000万円)◇優勝207万ドル(約2億2800万円)

最高の大舞台でタイガー・ウッズ(43=米国)が完全復活を証明した。2打差2位から出て6バーディー、4ボギーの70で回り、通算13アンダー275で11年ぶりのメジャー制覇を達成。14日付の世界ランキングで6位に浮上し、米国4番手につけた。20年東京五輪の出場資格圏内に入り、来年の出場が現実味を帯びた。

【最終成績】

<1>ウッズ(275=70、68、67、70)

<2>D・ジョンソン(276=68、70、70、68)

<2>シャウフェレ(276=73、65、70、68)

<2>ケプカ(276=66、71、69、70)

オーガスタにタイガー・コール

すべての視線が最終18番のグリーン上に注がれた。ウッズがパットの構えに入ると静寂に包まれた。パッティングの音が響き、球がカップに吸い込まれるとオーガスタ・ナショナルGCに「タイガー・コール」がこだました。

「カムバックを果たしてマスターズで優勝できるのは最高のこと」。97年にメジャー初制覇した原点の聖地で成し遂げた。最後に優勝した05年から14年のブランク優勝は、ゲーリー・プレーヤー(南アフリカ)の13年を抜く最長記録。43歳での優勝もニクラウスの46歳に次ぐものだった。

大歓声に包まれながらグリーンに設置されたテレビ塔の奥に歩を進め、10歳の長男チャーリーアクセル君を抱きあげた。マスターズ初優勝の97年、心臓に合併症を抱えながら会場に駆けつけた父アール氏(06年に死去)と抱き合って歓喜したシーンと重なった。22年前を思い出し「(97年は)父が喜んで出迎えてくれたけれど、今回は息子が祝福してくれた」。母クルティーダさん、11歳の長女サムアレクシスさん、恋人エリカ・ヘイマンさんらとも熱く抱擁を交わした。

雷雨予報だった最終日。恒例の全選手1番スタートではなく、1、10番に分かれ、3人一組でプレーという異例の組み合わせで、ウッズはモリナリ、フィナウの最終組に入った。赤いシャツに黒いズボンという「勝負服」で臨むと安定感抜群のプレーをみせつけた。後半から一時、2打差に10人前後がひしめく大混戦も、15番(パー5)で2オンに成功し、バーディーを奪って抜け出した。16番(パー3)では第1打をグリーンの傾斜を利用し、60センチに寄せて勝負を決めた。

伝説新章「強いパパ」

激しい優勝争いに「だから髪が薄くなっているんだよ」と笑い飛ばすが、パッティングの練習をしすぎると背中痛が出るなど肉体の衰えは隠せない。昔の力強さはないが、代わりに経験という武器がある。優勝争いした同組2人とは対象的に最後まで冷静。「このコースをプレーする方法として頭に小さな図書館を持っている」と胸を張った。

18年7月の全英オープンは最終日最終組で回った。07年生まれの長女、09年生まれの長男を英国に招待しながら優勝を逃し、自らに失望。マスターズ最終日前は「父は97年にここにいた。そして今、私は2人の子供を持つ父としてここにいる」と気合を入れ直した。

つらい日々しか知らない子供たちに父の威厳を示し「家族は諦めずに戦った僕を誇りに思ってくれる」。タイガー伝説の新章は「強いパパ」で幕を開けた。

19年、全米プロゴルフ選手権で笑顔を見せるウッズ

19年、全米プロゴルフ選手権で笑顔を見せるウッズ

タイガー・ウッズ 1975年12月30日生まれ、米国カリフォルニア州出身。全米アマ3連覇後、96年プロ転向。97年にマスターズを史上最年少の21歳で初制覇。米ツアー歴代2位の通算81勝で賞金王10度。メジャー通算15勝も歴代2位。185センチ、84キロ。