休んで釣りして蘇ったディーン元気 「普通にやれば日本記録」のポテンシャル、世界で再び輝く

陸上日本選手権最終日の6月12日。男子やり投げのディーン元気(30=ミズノ)が、ロンドン五輪の選考を兼ねた2012年大会以来の優勝を果たした。世界選手権(日本時間7月16日開幕、米オレゴン州ユージーン)の参加標準記録(85メートル00)には4メートル届かなかった(81メートル02)が、ワールドランキングで日本代表に選出された。10年というブランクを経て、世界の舞台に再び戻ってくる。

ストーリーズ

佐藤礼征

◆ディーン元気(げんき)1991年(平3)12月30日、神戸市生まれ。やり投げは市尼崎で始め、早大進学後の10年に日本選手権3位。12年ロンドン五輪では決勝に進出し、全体10位だった。自己ベストは84メートル28。182センチ、88キロ。

陸上日本選手権 最終日 男子やり投げ決勝、力投するディーン元気=22年6月12日

陸上日本選手権 最終日 男子やり投げ決勝、力投するディーン元気=22年6月12日

やり投げロンドン五輪以来10年ぶり

ディーンの3投目。10年の重みを象徴するように、長い滞空時間を経てやりが突き刺さった。会場の大阪・ヤンマースタジアム長居が沸いた。81メートル02。端正なマスクが破顔した。

「素直にうれしい。10年は長かった」。日本一をつかんだ感触を問われると「コメントできないくらい良かった」。長いトンネルを抜けた実感が、その言葉にこもっていた。

ディーンは今季、4月30日の木南記念(大阪)、5月8日のセイコー・ゴールデングランプリ(国立競技場)に続いて80メートル台をマーク。昨年の東京オリンピック(五輪)出場を逃しているだけに、日本記録(87メートル60=89年の溝口和洋)も視野に復活を期す1年となる。

◆22年日本選手権・男子やり投げ◆

❶ディーン元気 81メートル02

❷小椋健司 80メートル25

❸新井涼平 78メートル05

【世】ゼレズニー 98メートル48

【日】溝口和洋 87メートル60

英国人の父と日本人の母のもと、神戸で生まれ育ったディーン。市尼崎高から早大へ進学し、20歳という若さで一躍、時の人となった。12年4月29日の織田記念陸上(広島)で日本歴代2位の84メートル28をマークし、五輪参加A標準(82メートル00)を突破。五輪開幕まで3カ月と迫る中、メダル候補として注目される存在となった。

182センチと大柄ではない分、ディーンは素早い助走から右手をテークバックし、腕をむちのようにしならせて投げた。体全体で、うまく地面反力を生かすため、投げた瞬間、ふわりと体が宙を舞う。剛腕選手が多い中、技術力が光った。

12年6月の日本選手権でも、第一人者の村上幸史とのハイレベルな一騎打ちを84メートル03で制し、ロンドン五輪切符をつかんだ。迎えた五輪では日本勢28年ぶりの同種目での決勝進出を果たしたが、上位進出が期待された中で10位という不本意な結果に終わった。

12年ロンドン五輪やり投げ決勝のディーン元気

12年ロンドン五輪やり投げ決勝のディーン元気

そのロンドン五輪の1投目で、右脇腹痛を発症した。そこから長い低迷期を迎えることになった。ディーンは表舞台から消えた。

負担がかからないようにフォーム変更の試行錯誤を重ね続けた。15年春、今度は右肩を痛めた。連鎖するように、翌年には踏ん張り足の左足も捻挫した。

「大きく分けて右脇腹、左腰、左背中、右肩ですかね。よくケガしたのは。左足捻挫とかありましたけど、大事ではなかったです。ただ、そこをケガすることで、0コンマ何秒、足をつくのが遅れたり、タイミングのズレになる。それだけずれると、4、5メートルとか平気で変わる種目なので、そういう部分で、小さなけがとか、ある程度大きなけがとかしながら、記録が出ない状態が続いてきました」

順風満帆にいかない競技人生。ディーンは当時について「『辞めたいというよりは、辞めた方がいいのかな』というのは少しありました」と振り返る。

「投げられていなかった期間が長いのもありましたし、お金いただいてやっているアスリートとして、どうなのかなという気持ちもあったので。まあ、その辞めたいというより、辞めた方がいいのかなというのは少しありました」

13年ミズノ入社会見、ディーン元気(左)と短距離の飯塚翔太

13年ミズノ入社会見、ディーン元気(左)と短距離の飯塚翔太

自身を鼓舞して、何度も立ち上がる。それでも、限界が訪れた。

リオデジャネイロ五輪翌年の17年だった。所属のミズノの理解を得て、休養を取った。ケガを癒やし、東京五輪に向けて再出発した。

「半年くらい休ませてもらった。やり投げは楽しいので、そこの部分が突き動かしてくれたのと、周りの支えてくださった人の、もう1回投げるのを待っているよという応援が、しっかり突き動かしてくれた」

自身の原動力を見つめ直した。

それでも現実は厳しい。昨年の日本選手権は2位。東京五輪の出場はかなわなかった。昨夏はやりを握らず、趣味に没頭した。「五輪はほとんど見ずにいっぱい釣りをしました。心を休めないといけなかったので」。

立ち直るのも自分次第。積極的に休養を取った。今季は年始から約3カ月のフィンランド遠征などで調整を進め、冒頭の復活優勝につなげた。

ただ記録は自己ベストの84メートル28には届いていない。「少なくとも84、85は投げて欲しかった。普通にやれば日本記録(87メートル60)が出ると思っているので…」。

ややため息交じりに振り返ったのは、ディーンが早大時代から師事する中京大教授の田内健二氏(46)だ。

ロンドン五輪前の公開練習を行ったディーン元気(右)と田内健二コーチ

ロンドン五輪前の公開練習を行ったディーン元気(右)と田内健二コーチ

「練習では投げられるのに、試合で再現できない。メンタルさえ整えば、出せるはずなんです」。期待値が高いからこそ、愛弟子にエールを送る。

1991年(平3)12月30日生まれ、現在30歳。筋力よりも技術力が問われる投てき種目にあって「30歳」は老け込む年ではない。むしろ脂が乗ってくる年齢といえる。実際、室伏広治は36歳325日で11年の世界選手権(韓国・大邱)の金メダルに輝いている。

だからこそ、肉体面よりも重視すべきはメンタル面だと理解する。20歳の若さで世界と戦った当時を振り返り、ディーンはこう話した。

「当時はイケイケどんどん、怖い者知らずはこういうことだったんだなと思う。そういう要素ってすごい大事。世界に向かっていく時のメンタルはそんな感じ」

今夏の世界選手権でやり投げは7月21日(日本時間22日)に予選、23日(同24日)に決勝が行われる。東京五輪の優勝記録は87メートル58(ニーラジ・チョプラ=インド)。87メートル60の日本記録を更新すれば、表彰台は自ずと見えてくる。

長い空白期、自らと向き合い葛藤してきた。12年夏に止まった時計の針を、再び動かす時がきた。10年前の自分を超えていく。

【陸上記事まとめ読み!/7月16~25日世界陸上オレゴン大会】