【朝青龍ヤンチャ伝説④】V4騒ぎ泥酔、ドア破壊しパトカー出動「何が起こったか…」涙流す

ドルゴルスレン・ダグワドルジ…大相撲の元横綱朝青龍。圧倒的な強さに加え、荒々しくも迫力満点の取り口、優勝25回と角界の歴史に名を刻んだ。一方で土俵内外で数々のトラブルを起こし、良くも悪くも弊紙の1面を賑わせた。そんな朝青龍が過去に起こした騒動を、当時の紙面と記事で振り返る。第4回は04年名古屋場所優勝直後におきた「優勝直後の泥酔でドア破壊」。

大相撲

日刊スポーツ

<04年7月24日付け紙面より>

04年7月24付け紙面(東京本社)。騒動慣れ?! 8面カタ(面の2番手)で掲載、大きな扱いにはならなかった

04年7月24付け紙面(東京本社)。騒動慣れ?! 8面カタ(面の2番手)で掲載、大きな扱いにはならなかった

ビールにウオツカ、ワイン、焼酎「もう酒は飲まない」

■04年7月24日、優勝直後の泥酔トラブルを報じた本紙記事■

大相撲名古屋場所で4連覇を達成したばかりの横綱朝青龍(23=高砂)が、20日深夜に泥酔して東京・墨田区の部屋の玄関のガラスドアを壊していたことが23日、分かった。この騒ぎに、近所の住民が通報し管轄の本所警察署からパトカーが急行。また朝青龍と一緒だった知人が飲みすぎで気分が悪くなり救急車も駆け付けるなど、一時部屋の周辺は騒然となった。

結局、玄関のドアガラスが割れただけでけが人もなく、駆けつけた警官もすぐに現場を離れて騒ぎは収束。名古屋場所優勝にかけていた朝青龍は、現地入りした6月下旬から禁酒しており、目標を果たしたことで緊張が緩み、禁を解いたこともあって深酒になってしまったようだ。

高砂親方(元大関朝潮)は事実関係を認めた上で「翌日、横綱が部屋に来て私とおかみさんにきちんと謝罪した。もう酒は飲まないと涙を流していたよ。近所の皆さんには大変ご迷惑をおかけしたが、幸いけが人もなく、大事に至らずに良かった」と話した。21日にはおかみさんが近隣を回って深夜の騒ぎを謝罪するなど、事後処理に追われた。

朝青龍も21日にモンゴルへ帰国する際には心から悔いていた。「親方、おかみさん、ご近所の皆さん、付け人のみんな、それに私の妻に本当に迷惑をかけました。もうお酒は飲みません」と話した。なお、朝青龍は週明けの26日にも来日し、30日に北海道中標津町で始まる夏巡業に参加する。

■再来日後に平謝り■

モンゴルに帰国していた横綱朝青龍(23=高砂)は7月26日再来日し、泥酔して騒動を起こした件について「僕が悪い」と全面的に謝罪した。黒色の着物姿で成田空港に到着すると、駐車場前で釈明。問題の20日深夜は「名古屋場所の断酒や4連覇へのストレスがたまっていた」ことから解放され、ビールにウオツカ、ワイン、焼酎を約4時間かけて飲んだ。「(泥酔して)何が起こったか分からなかった。残念な気持ちでいっぱい。今後は気をつけて、考えながら飲みたい」と反省の言葉を重ねた。

また横綱審議委員会の石橋委員長は「酒のことだから本人が次に気をつければ良い。横審として取り上げることはない」と言った。

朝青龍は帰る途中、都内の病院に入院中の二子山親方(元大関貴ノ花)を見舞った。巡業部長時代にかわいがってもらったことから「一度お見舞いに行きたかった」という。

黒色の着物姿で”きちんと”成田空港に到着した横綱朝青龍=2004年7月26日

黒色の着物姿で”きちんと”成田空港に到着した横綱朝青龍=2004年7月26日

朝青龍のトラブル史

さがり振り回し(03年夏場所9日目) 旭鷲山に敗れて金星配給。土俵上でさがりを振り回し、ぶつかった旭鷲山をにらみつけた。翌日、北の湖理事長が高砂親方を厳重注意。場所後の横審でも同親方が再発防止を厳命された。

まげつかみ(03年名古屋場所5日目) 夏場所の因縁を引きずるかのように、旭鷲山のまげをつかんで横綱として史上初の反則負け。打ち出し後は駐車場で旭鷲山の車のドアミラーを破壊。8日目の支度部屋では乱闘寸前の小競り合いを起こした。

無断帰国で葬儀欠席(03年12月) 師匠の許可なくモンゴルへ帰国し、先代高砂親方(元小結富士錦)の葬儀を欠席。さらに年末も帰国し、年明けのけいこ初めを無断欠席。横審から引退勧告を示唆される。

泥酔でドア破壊(04年7月) 名古屋場所で優勝を飾った直後、泥酔して部屋の窓ガラスドアを壊し警察が駆けつける騒動。「もうお酒は飲まない」と誓う。

支度部屋で署名活動(06年夏場所7日目) 夏場所7日目の5月13日に、モンゴル巡業を目指して支度部屋で署名活動を行ったことが発覚。同場所で途中休場したが、北の湖理事長(当時)に呼び出されて厳重注意を受けた。

敗者に蹴り(07年春場所8日目) 土俵中央に倒れた稀勢の里の背中にけりを入れた。勢い余っての動きだったが、審判副部長(当時)の九重親方(元横綱千代の富士)からも「見ていて気持ちいいものではない」と苦言。

夏巡業休場しモンゴルでサッカー(07年7月) 協会に「腰の疲労骨折などで全治6週間」の診断書を提出して夏巡業を休場しながら、同月25日にモンゴルでサッカーに興じていたことが発覚。30日に再来日し、北の湖理事長に謝罪。協会側は8月1日に臨時理事会を開き2場所出場停止、謹慎などの厳罰に処した。

一触即発(08年夏場所千秋楽) 引き落としで敗れた白鵬の腰をめがけてダメ押し。怒った白鵬に右肩で押し返されると、鬼の形相でにらみ合う。2日後に北の湖理事長に呼び出され厳重注意。

場所直前にゴルフコンペ(09年5月) 夏場所2日前の同月8日に、後援者の主催で朝青龍が呼びかけ、白鵬らモンゴル出身力士8人が千葉県内のゴルフ場でプレー。朝青龍が初日に対戦する鶴竜も含まれ、誤解を招く行動に武蔵川理事長が両横綱とそれぞれの師匠を呼んで厳重注意。