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第345回    中井貴一  
2003.01.12付紙面より


オヤジ、38歳から生きるのも大変だよ

中井貴一

 俳優として誇りを持って生きている。中井貴一(41)。その穏やかな外見からは想像しにくいが、自分に厳しい人である。父は、38歳の若さで亡くなった大スター、佐田啓二さん。3歳になる前に死去した、そびえ立つ父に、俳優として、教えられたものはなかったが、だからこそ、切り開けた道である。

(写真=ただスッと立っただけで、中井貴一さんはバックの壮観にも負けず劣らず、やっぱりビシッとポーズも決まり様になっていた)


下級武士に共感

 最新の主演映画「壬生義士伝」(滝田洋二郎監督、18日公開)で、家族のために命をかけて戦う新撰組の剣士を好演した。もとは貧しくて家族を養えない東北の下級武士。出世欲や名誉のためではなく、過酷な生活を送る家族を救うため京都で新撰組に入隊。人を斬(き)って金を稼ぎ続ける。事情を知らない同僚から「金に執着する男」と揶揄(やゆ)されるが、自分の生き方を貫く。見終えると「男の誇りとは何か」を考えさせられる。

 「この男の生きざまには共感しました。あこがれも感じた。おれはガキのころからオヤジがいなかった。母を含めて中井家というものを背負っていかなきゃならなかった。中井家が生きていくために、稼がなくちゃいけない。それは私利私欲というよりもどこか家族のためだよね。今も(結婚して)家族ができて思うけど、私欲のために稼ぐという気持ちは不思議とないんです」。

 中井にはこんなエピソードがある。ある時、仕事がポーンと無くなったことがあった。自分の給料もままならない状況だったが、自分の稼ぎを犠牲にしてスタッフにはきちんと支払い続けた。「私欲だけで稼いでいない」は口先だけの美学では決してない。

 律義なその姿勢は、俳優としての「誇り」につながっている。

 「『役づくりって大変ですね』と言われたり、思われたりするのは絶対嫌なんです。例えば料理人が、材料として玉ねぎのみじん切りや、キャベツの千切りを用意しているとき、皆さんは『すごい。きちんと切ってありますね』とは言わないでしょ? 俳優がセリフを完ぺきに覚え、時代劇で言えば所作をきちんと覚えることは、玉ねぎやキャベツを事前に切っておくことと同じだと思う。そういう部分は一切評価されなくてもいいとさえ思う。何か説教くさくなっちゃったけど、下準備をしておくことはきっと、自分の職業が好きか嫌いかということにかかわってくるんじゃないのかな。楽をして稼ごうとする人は、俳優なんかやらない方がいい。イメージ的にパッと出たらパッとお金がもらえるような感じがするでしょうけど(笑い)」。


3歳の前に急逝

 父は、映画「君の名は」「喜びも悲しみも幾年月」などで知られる松竹の二枚目スター、佐田啓二さん。中井が2歳11カ月の時、自動車事故で急逝した。まだ38歳だった。それから17年後、中井は父と同じ「俳優」として人生を歩むことを決意した。大学2年生の時だった。

 「大学に入った時、俳優になるつもりは本当になかった。普通に就職することを考えてました。でも普通オヤジがいると、良くも悪くも、その生きざまを見て、それをどこか基準にして自分の生き方を考えたりするんだろうけど、おれはそれが不可能だった。だから偶然に映画出演の話が来た時に、オヤジの仕事を1度やってみれば、将来について判断がつくんじゃないかと思った。何か分かったら、また大学に戻って就職について考えればいいかなと…。あとは学費を自分で稼ぎたかったから、こんなにいいアルバイトはないぞってね(笑い)」。

 東宝映画「連合艦隊」(81年)の特攻隊員役でスクリーンデビューした。映画はヒットし、すぐに次回作が決まった。俳優を続けることを決意した。以来、佐田さんと比較される人生が始まる。中井自身も亡き父を意識し、比べていた。

 「自分と同じ年齢の時の仕事は気になった。これが20幾つの時の作品なのっていう驚きはいつもあったし、自分より年下だった時の作品がこれって思ったりしてね。いつかオヤジの年齢に近づいたら、自分の気持ちが『おい、佐田ちゃん』なんて感じになるのかなと思っていたけど(尊敬する)目線はいくら年を重ねても不思議と変わらないんだ。かえってすごさを感じるようになった」。

 父は中井に尊敬の念と同時に複雑な思いも与えた。

 「おびえるということではないけど、38歳で死はあり得るという恐怖を感じていました。あと何年というカウントダウンの人生です。それを過ぎた今、現実的に当時より死に近づいているんだろうけど、ようやくどう生きていこうかっていう考えになってきた。だから結婚もできたんです」。

 自分の将来に悩み、自分を知りたくて、あえて父の仕事を経験してみようとした。そして、父がこの世を去った「38歳」までどこか父の人生をなぞっていたような気がするという。

 「普通の2世俳優と違って、直接オヤジの庇護(ひご)を受けたことはないんです。ただ、同じ仕事ですから、精神的に、どこか38歳まではオヤジの生きていた道をなぞっているという気持ちはあった。でも(38歳を)超えると未知の領域。それまでオヤジが『おい、こういう時は気をつけろよ』みたいに話してくれたような気がしてたけど、これから先はおれがオヤジに『結構大変だよ』って話してあげなきゃいけない人生なんだなって。もう守られていないという緊張感というか。2歳半の時にとっくに死んでしまっているんだけど、そういう意味では38歳の時に、本当にオヤジの死を実感したのかも知れません」。


立ち食いデート

 「38歳」を乗り越えた39歳の誕生日に、妻麻友子さん(34)と挙式した。友人の勤め先の同僚だった麻友子さんとは2年の交際を経て結婚した。決め手となった要因の1つが「立ち食いそばデート」だった。付き合い始めて間もなくのころ。食事の約束をした日、ハードな撮影が直前まで続いた。銀行に行く間もなく、疲れはピークに達していたが、まだ3回目のデート。「何とかしなきゃ…」と思いつつ提案したのが、学生時代から行きつけの立ち食いそば屋だった。

 「『いいところがあるんだけど』って言って誘ったんです。そしたら『うん、いいよ』って。初めてだったみたいですけど『おいしいね』って言って食べてくれたんです。これならやっていけるなって(笑い)」。後日、牛丼の吉野家にも連れていった。こちらも初めてだったが、喜んで食べてくれたという。「いつもそうだったわけじゃないよ、もちろん(笑い)」。

 華やかな芸能人のイメージとは違う、庶民的な振る舞いも、確固たる考えがあってのことだという。

 「おれたちは今を生きている人を演じることが多い。電車の乗り方、定食屋さんにどういうメニューがあるか…。そういうことを体感していなければダメだと思う。値段から言えば、牛丼から松坂牛のステーキまですべての味を知り、俳優ができると思ってます。高級店で食事するシーンがあるなら、金が無くても事前にそういうところに行って、雰囲気や味を体感した方がいいとさえ思います」。

 大作映画やNHK大河ドラマの主演など経歴は華やか。それでも不安を抱えて眠れない夜がある。

 「俳優は過去の名声では食っていけない。いつも背水の陣です。だって体が駄目になったらそこから収入ゼロ。技がなくなったり、人気が落ちてもすべてオジャン。今を必死に頑張らないといけない。極端にいえば、その恐怖で眠れないこともある。これでもうダメかも知れないって」。

 それでも、俳優を続ける原動力を持っている。

 「何か製品を作っているわけじゃないけど、喜怒哀楽を感じてもらい、感情という無形のものを買っていただいている。何かを感じ取ってくれて『人生を少し考えてみました』などと言ってくれる方が少しでもいてくださることが、俳優を続けられる理由の1つでもあり、自分の誇りでもあるのです」。

 佐田さんは生前、子供の将来について自分の苦労と照らし合わせて「できれば映画俳優にはなってほしくない」と語った。中井は、かすかに脳裏に残る父の背を自らの意志で追い、今、俳優である自分を誇らしげに語る。佐田さんが生きていたなら、黙ってうなずいているだろう。


厳しさと潔さ…今度はコメディーやりたい

 「壬生義士伝」を演出した滝田洋二郎監督の話 初めて一緒に仕事をしたのですが、本当にいい出会いでした。映画を本当によく知っている。いわゆる2世俳優なんでしょうけど、決してちやほやされてきたわけではなく、厳しく見られてくることを通過してきた自分に対する厳しさのようなものを感じました。殺陣ひとつとってもにわか仕込みなんかで決してない。撮影現場では潔さを感じました。打ち合わせはもちろん綿密にしますが、最終的には「監督にすべてお任せします」ときっぱり言う。もちろん前向きな意味でね。中井さんのいろんな面を見てもらいたいから今度はコメディーを一緒にやりたいですね。


 ◆中井貴一(なかい・きいち) 本名同じ。1961年(昭和36年)9月18日、東京生まれ。成蹊大2年の81年「連合艦隊」で映画デビューし、日本アカデミー賞新人賞を受賞。82年NHK「立花登・青春手控え」でドラマデビュー。同年の映画「プルメリアの伝説」で松田聖子と共演。83年、TBS系の主演ドラマ「ふぞろいの林檎たち」がヒット。映画は「ビルマの竪琴」「竹取物語」「キネマの天地」「四十七人の刺客」「マークスの山」「ラブ・レター」「梟の城」など大作、話題作に出演。88年に高視聴率を記録したNHK大河「武田信玄」に主演するなど、ドラマも多数出演。00年9月に米オレゴン州ポートランドの教会で麻友子夫人と挙式。180センチ。血液型A。

 ◆「壬生義士伝」◆ 浅田次郎原作の同名時代小説を映画化。新撰組幹部の斎藤一(佐藤浩市)の回想という形で、東北・南部藩出身の下級武士吉村貫一郎(中井貴一)の壮絶な生きざまを感動的なエピソードを交えて描く。


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(取材・松田秀彦 写真・たえ見朱実)
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