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第390回    田村亮子  
2003.11.30付紙面より

田村亮子
写真=「谷さんなんが好きと?」、「うーん、そうやねえ果物が好きやねえ、あっ、牡蠣(かき)とかも好きよ」と言いながら買い物をするあなたの表情はとてもおだやかでした。「籍入れたらこっち(神戸)のほうに住むん?(住むの)」「練習するのは福岡やったりするけん、しばらくは今までのまんま、行ったり来たりやね」。彼女は試合で海外へ、彼も試合で全国へ飛ぶ。柔道とプロ野球はオフシーズンも違う。だんなさんにゆっくり手料理を披露する時間はおそらく少ないだろう。でも2人にしか共有できない大事な思いや時間があるんだよね。久しぶりに会って抱き合ったあなたの体はやっぱり小さかったよ。これからはだんなさんが守ってくれるね。心の底から言いたい。おめでとう
(撮影・梅根麻紀)

奥さんでも金メダル

 柔道の田村亮子(28=トヨタ自動車)とオリックス谷佳知(30)が、明日12月1日に入籍する。21年間の柔道人生でシドニー五輪金メダル、世界選手権6連覇、福岡国際12大会不敗など数々の金字塔を打ち立ててきたYAWARAちゃんが、人生の区切りを前に現在の心境を語ってくれた。「柔道も家事も一切手抜きはしない」と主婦業との両立を誓っている。パリ挙式は12月11日、同20日には都内のホテルで3億円披露宴が開かれる。


楽しい式準備

 披露宴は新高輪プリンスホテルに1000人近い招待客を集めて開かれる。92年バルセロナ五輪の結団式が行われた同ホテル「飛天」で、当時16歳の田村は母和代さんと「こんなところで結婚式ができればいいね」と高い天井を見上げた。結婚後は谷姓になる。田村亮子として最後の日々は瞬く間に過ぎていった。披露宴1週前の福岡国際は地元でもあり思い入れは深かったが、出場には支障が多く辞退を決めた。

 田村 忙しいけれど楽しい。2人の意見を出し合って1つのことを決めていく作業が、とっても新鮮で楽しくて。周りの人に準備は大変だよって言われていたけど、柔道の方が大変ですね。ふふふっ。

 9月の世界選手権では、トレードマークのゴムの髪留めをやめた。「28歳でちょんまげもどうかと思って。さらさらヘアも気に入っているから」と、6連覇の表彰式後に理由を明かした。大人の女への変身を自覚していた。

 田村 21年間、柔道一直線でしたからね。技術を磨いたり努力を積み重ねるのは今までとまったく変わらないけれど、並行して女性らしさも兼ね備えていきたいなあ。

 結婚後も現役を続ける。来年1月のハワイ合宿を皮切りに、4月のアテネ五輪代表選考会、8月の本番まで密度の濃い時間が流れる。神戸の新居には一足早く谷が住んでいるが、顔を合わせる機会には主婦として全力を尽くす。

 田村 なかなか神戸には帰れないでしょうね。でも帰った時はきちんと家事もやって、谷さんが頑張れる環境をつくって支えてあげられる奥さんになりたい。手抜きは一切しません。柔道も主婦としても。こっちは頑張って、こっちはおろそかにするっていうのは苦手なんで。両方とも良くしていけたらいいな。1つ屋根の下、すれ違いで会えないけれど、帰る場所が同じなのはうれしい。


「おいしい」と

 料理の腕には自信があるという。得意はハンバーグとカレーライス。

 田村 あまりやっていないように思われがちですが、結構やりますよ。ハンバーグでも、中にチーズを入れたり。カレーは母に習った田村家流のサラッとした感じ。谷さんが遊びにきた時に何度か作りました。「おいしい」とは言ってくれています。ふふっ。本当かどうかは分かりませんが。

 世界選手権では48キロ級のライバルだったキューバのサボンが52キロ級で初優勝を飾った。シドニー五輪後に子供を産み、ブランクの後、ママさん選手として出場していた。

 田村 サボンは自分と10年間ぐらい頂点を争ってきた選手だから、とってもうれしかった。抱き合って「コングラチュレーション」って一緒に喜びましたよ。でも私の場合は子供を産んでからの柔道人生は考えていませんね。2年間は試合に出られないし、その間は自分の作ってきた記録が途切れてしまうから。


CMや声優も

 すでに05年の世界選手権でのV7奪取を宣言した。今は2世より柔の道を極める思いしかない。もしタイムマシンで過去と未来に1度だけ行けるとすれば−。

 田村 (しばし黙考して)あまり戻りたくないですけど、ふふっ。小学校5年生ぐらいかな。そのころのビデオをよく見るんですけど、大きな男の子に対して勇気を持って立ち向かっているんですよね。理想の柔道をやってくれていて、どこからでも技を掛けるし、左右の技も自在で、組んだらすぐに攻めている。とても今ではできない柔道をしているんですよ。未来なら、長く生きたいから1000年後かな。目指すは長寿世界一? ですね。1028歳のおばあちゃんで大往生。おっそろしいですけど。アハハハッ。

 気分転換がうまい。集中する時とリラックス時と、メリハリをつけている。

 田村 ごりん(五輪)ちゃんというチワワを飼っていて、福岡に帰った時は彼女と大体一緒にいます。すごくかわいい。あとはドライブですね。会社もトヨタなんで。ハハッ。自分で運転して、志賀島で何をするわけでもなく景色を眺めたりしてエネルギーを蓄えてる。1人の時間を大切にしています。

 CMやアニメの声優に挑戦するなど、柔道以外の活動でも人間としての幅を広げている。次なる挑戦はYAWARAブランドのデザイナーだ。

 田村 絵とかデザインがすごく好き。今回のウエディングドレスも、西陣織の打ち掛けも、自分のデザイン通りにつくっていただいているんです。色使いから何から自分で決めて、とっても楽しかった。


継続こそ財産

 練習で絶対に涙や弱さを見せない。強い精神力がこれまでの偉業を支えた。

 田村 厳しい練習をやる時もあるので涙を流す選手の気持ちは本当によく分かる。私はそういう気持ちを内に秘めるタイプ。ケガだとか弱いところを見せてしまうとマイナスになる。それも勝負のうちだから。つらさは自分の中に押し隠して、自分で解決して乗り越えていく。今年の世界選手権前のひざの故障も、5連覇した2年前のケガと比べたら全然大したことはなかったですね。

 これからも女王の座を守り続ける。引退の2文字が頭をよぎった時期もあったが、今は前進あるのみ。

 田村 シドニーで金メダルを取った時、すべてのタイトルで頂点に立つことができたので、大変満足していた。でもあれから新しい目標が次から次へと芽生えてきた。たくさんの人が試合を楽しみにしてくれているのが、私を奮い立たせてくれる最も大きなエネルギーですね。勝ち続けることが大変難しく、素晴らしいことなんだって、21年間で学べた。人間としての成長も柔道が教えてくれる。長い月日、継続してやってこられたのが、私にとって一番大きな財産ですね。


いい人に巡り合えたね

 田中将明後援会長(57=福岡工大付高柔道部出身で田村の先輩)  恩師の赤松満先生から「福岡に小さいけれどすごく強い女の子がいる。将来は五輪に出られるよ」と手紙をいただき見に行った選手が、まだ小学生の亮子ちゃんだった。本当に素早くて、男の子をボンボン投げていた。大学入学時に全国のファンクラブを1つにまとめて後援会を発足。病気や障害を持つ人たちの援助活動は「少しでも勇気づけられてあげられれば」という本人の希望で始めたんです。4年ほど前に紹介してくれた男性が谷くん。誠実で素朴な好青年で、いい人に巡り合えたね。きっと幸せになってくれると思います。ただ、ちょっと寂しい気もするね。


 ◆今後の予定 12月3日から新婚旅行でイタリア、フランスを訪れ、11日にパリの教会アメリカンチャーチで親族だけで挙式する。イタリアは谷、フランスは田村のリクエストで実現した。15日に帰国後、20日の披露宴には長嶋茂雄氏ら1000人近くを招待し、日本テレビで中継も行われる。年明けは6日から13日まで全日本のハワイ合宿に参加し、その後欧州に対戦相手の視察を兼ねて遠征する。アテネ五輪代表は4月の最終選考会後に決定するが、実績から選出は確実。谷は1月10日から自主トレに入る。


 ◆アテネ五輪◆ 28回目の夏季五輪で、ギリシャの首都アテネで04年8月13日から29日まで17日間、開催される。実施競技は28競技。また聖火リレーは6月4日のシドニーから始まり、7月9日にギリシャに戻る


 ◆田村亮子(たむら・りょうこ) 1975年(昭和50年)9月6日、福岡市生まれ。福岡工大付高−帝京大−日体大大学院−トヨタ自動車。7歳で柔道を始め、小2の福岡市大会で男子を5人抜き。アトランタ五輪決勝で敗れるまで84連勝を記録。93年から03年まで世界選手権6連覇。92年バルセロナ五輪銀、96年アトランタ五輪銀、00年シドニー五輪優勝。91〜01年全日本女子選抜体重別選手権優勝、99〜00、02年福岡国際優勝。得意技は背負い投げ。146センチ、48キロ。家族は父勝美さん(55)母和代さん(53)兄徹さん(30)。


(取材・岡山俊明)

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