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第410回    桂三枝  
2004.04.18付紙面より

桂三枝
写真=驚いた。「よろしくお願いします」と言いながら三枝さんは勢い良く駆け足でやってきた。決して約束の時間に遅れていた訳ではない。写真撮影のため庭園にある桜の前に立ってもらう。「ええ庭でんなあ」。そう言うと持参したデジカメで写真を撮り始めた。しまいかけたカメラをもう1度取りだし、わずかな時間を惜しむようにゆっくりシャッターを押す。それが終わると再び駆け足でインタビュールームへ戻っていった。「時間を大事に使う人」。そんな出来事にトップで走り続ける理由が分かったような気がした
(撮影・川口晴也)

「4つの顔」還暦迎え幅広がる活動

 落語家でテレビ司会者の桂三枝(60)が最近、役者業にも力を入れだした。相変わらず週4本のテレビ、ラジオのレギュラーをこなしながら、年2回ペースで芝居に出演する。一方で、本業の落語でも昨年夏に上方落語協会会長に就任し、2度目の芸術祭大賞を受賞する健在ぶり。還暦を迎えてますます活動の幅を広げる三枝の「落語家、タレント、役者そして素顔」の4つの顔に迫った。


タレント

 “出世”は速かった。入門後わずか10カ月で毎日放送ラジオの深夜番組「ヤングタウン」で若者のハートをつかんでしまった。

 「若者の仲間としてしゃべったのが受けたんだと思う。でも、当初は古典落語をやっていたのに、若者口調が合わなくなって、新作落語に転向したんです」。

 爆発的人気が、当時24歳だった三枝の道を変えてしまった。

 一時は週14本のレギュラーを持つ超売れっ子となり、長者番付関西タレントの部で82〜86年、88〜92年トップを占めた。

 早くに売れた損得は? 三枝は即座に「得しましたな。落語家として回り道したかもしれませんが、創作落語にたどり着き(私の)個性になったんですから」と言い切った。

 明石家さんま(48)のようにタレント専業になる考えは? 「悩んだこともありました。いろんな人に相談したり…。落語を捨てなかったのは、やはり好きだったから。それと東京中心にならなかったのもよかった」と正直に告白した。

 今でも週4本の番組を持つタレント三枝の魅力は、若者や庶民と同じ目線でいることに尽きるだろう。34年目に入った人気番組「新婚さんいらっしゃい!」の司会でも「カップルを見る目が、初めは友達か近所のお兄さん感覚、その後は親に変わった。10年後には孫を見る目線になっていると思う」という具合だ。

 「新婚さん−」で涙ぐんだり怒ったり、感情を表すことも少なくない。「涙もろい方なので、あの時はつらかったー」というのは、一昨年暮れに放送された、がんで余命いくばくもないという中国人女性が「幼い娘に自分の姿を残したい」と出演した時のこと。

 「普通は何%かは司会者としての冷静な部分を保っているんですが、あの時ばかりは100%泣きましたね」。

 「以前はタレントが落語をやると見られましたが、最近『落語家三枝がテレビの司会をしている』と言われたのがうれしい」。

 量的にはタレントの仕事が目立つが、質的には落語の比重が大きいようだ。


落語家

 昨年7月、上方落語協会6代目会長に選ばれた。明るくまじめな人柄、落語界きってのアイデアマンへの期待は大きい。「落語ブーム再現」を目標に掲げた三枝会長、どんなことを考えているのだろうか。

 「協会の社団法人化を実現したい。親睦団体だと活動に制約があり、いっとき、上方にも国立演芸場を、という動きがあったんですが、立ち消えてしまった。その前に、協会で落語中心の定席をつくりたいと、準備委員会を作ったところ。落語家が勉強する所が欲しい。落語も企業努力をしなければいけない時代です。将来的には上方、東京の落語家が1つにまとまる方がいいと考えてます」。

 現在、協会員は172人。ほかに94年、運営上の不満から脱退した桂ざこば(56)ら十数人がいる。彼らの復帰の動きもある。

 「復帰は大歓迎ですよ。以前は密室政治的な面があった。それではいかんと、副会長も2人にし、書記長など5ポストを新設しました」と、開かれた協会を強調する。ちなみに副会長は林家染丸、桂春之輔、書記長は月亭八方、広報委員長は笑福亭鶴瓶、会長付役員に桂きん枝という布陣だ。

 会長になって、落語家・三枝としても落語への取り組み方が変わった。

 「本を読む、テープやCDを聴く、けいこをする、など落語とかかわる時間が多くなりました。お客さんに『なーんだ、あれが会長か』と思われんようにせんと」。

 そんな充実ぶりを表すように「創作落語125撰」で03年度芸術祭大賞を受賞した。83年「ゴルフ夜明け前」でも受賞しており、2度の大賞は初の快挙だ。

 「落語を作るのは簡単なんです。噺(はなし)ができても、けいこし、高座にかけ、繰り返し練り上げてまとめるのが大変なんです。でも、騎手の武豊さんが『移動中にいつも三枝さんの落語を聴いている。面白くてリラックスできる』と言っているのを聞いて、すごくうれしかった」と笑みをもらした。

 昨年、上方の大御所桂米朝(78)に「あんた、いくつにならはった? 60歳、これからやなー」と励まされた。

 「定年になった友達が『これから何やろう』と、悩んでました。その点、60になってもやることがあるのは喜びですね」と言う三枝の顔は輝いていた。


役者

 吉本新喜劇やテレビドラマで演技経験はあるが、大劇場の1カ月公演の芝居は01年12月、名古屋・御園座の「出囃子(でばやし)女房」が最初だった。朝丘雪路(68)が相手役に指名した。

 「学生時代から『11PM』の朝丘さんのファンだったから、声をかけていただいてうれしかった。芝居への気持ちが向いていた時だったんですが、スケジュールが厳しかった。大阪、名古屋、東京を駆けずり回った思い出があります。最終舞台げいこも2部には出られず、劇場マンから『前代未聞』と言われましたわ」と頭をかく。

 「高校時代は演劇部で民話劇や菊池寛の劇をやってました。朝丘さんに手取り足取り教わって、勉強になったし、あらためて芝居の面白さを感じた。芝居へのあこがれは心の底にずっとあったし、シャケやないけど、元の地に戻った気がしますね」。

 02年にも朝丘が芸術選奨文部科学大臣賞を受ける対象となった「人生ふたりづれ」で共演、この5月にはコンビ3作目となる「元禄夢一座」(新宿コマ劇場)が控えている。

 三枝の役者にかける思いは中途半端なものではない。「(藤山)寛美先生以後、関西の喜劇に男優がいない。上方人情喜劇の担い手の1人になろうと思ってるんです。はんなりとした味で華のある芝居っていいでしょう」と大望を抱いている。「アドリブは封印、毎回新鮮な気持ちで舞台に」と、こと役者業に関してはきまじめだ。


素顔

 取材場所の東京・明治記念館の庭へ降りた三枝が「ええなあ、こんな庭があったら」としみじみと見回した。「何度も所得トップになった師匠ですから、庭ぐらい好きなようにできるでしょう」と言うと、「嫁さんが経理担当で、小遣いもらってる身でっせ。しっかりしてて、こっちが操られてる気もしますな」と首をすくめた。

 三枝が9歳下の真由美夫人と結婚したのは72年3月2日。「結婚記念日と嫁さんの誕生日は絶対忘れません」というのは、当時女子大1年だった真由美さんが19歳(誕生日は3月1日)になるのを待って、翌日に挙式したから。ほれた弱みがずっと続いているのは、再三の選挙出馬説のたびに夫人の反対で最終的に断念していることでも分かる。

 1男1女がいるが、「私自身が父親を11カ月で亡くしているから、父親ってどんなものか分からへん。仕事にかまけて家のことはほったらかし。子供たちはもっと一緒に遊んでほしかったと思っていたでしょうね」と、ちょっぴり反省顔になった。

 そんな三枝が鼻をヒクヒクさせたのは「娘がこの春、音大の大学院を出まして。作曲家として何回かコンクールで入賞したんです。ものを作る仕事に就いてくれたのはうれしいですね。息子にはこの世界(芸能界)に入って欲しかったんですが、私の事務所を手伝ってます」と話した時。

 酒はほとんどやらず、たばこも吸わない。「一番の趣味の落語を仕事にしてしまった」から、休みの日でも「歩きながらけいこしたり、原稿書き。たまーに息抜きに懐メロやハワイアンを聴いて」過ごすとか。朴念仁では芸人は勤まるまいにと「遊びは芸のこやし、というのは一理ありますか」と、突っ込んでみた。「ハイ、一理も二理もあります!」。やっぱり!


70歳まで「いらっしゃ〜い」

 <マイベスト1> 4月18日で1681回目の「新婚さんいらっしゃい!」(テレビ朝日)は、ギネスブックにも登録申請中の超長寿番組。71年1月31日スタートし、34年目に入っているだけに三枝の愛着もひとしお。新婚さんの話にあきれた三枝がいすから転げ落ちる回数をチェック、インターネットで報告しているファンがいる。これを知った三枝は「コケてもけがをしないよう、体力をつけなあかん」と、今年から1日1〜2時間のウオーキングを始めた。また、番組の録画終了後、控え室への階段を2段ずつ上る体力チェックも実行中。「これができるうちは大丈夫。70歳までは続けるぞ」。


 ◆上方落語協会 57年4月、関西在住の落語家18人が、上方落語の発展と相互の親睦を目的に結成した。初代会長は3代目林家染丸。6代目笑福亭松鶴や桂米朝の努力で隆盛となり、現在、会員172人の大所帯となっている。


 ◆桂三枝(かつら・さんし) 本名・河村静也。1943年(昭和18年)7月16日、大阪府生まれ。関大在学中の66年に桂小文枝(現文枝)に入門。翌67年毎日放送ラジオの深夜放送「ヤングタウン」で若者の人気を獲得、その後テレビの「ヤングおーおー」「パンチDEデート」「新婚さんいらっしゃい!」で全国区の人気司会者に。一方、本業の落語にも力を入れ、83年に創作落語「ゴルフ夜明け前」で、03年に「創作落語125撰」で、2度の芸術祭大賞に輝く。最近はテレビ、舞台で俳優としても活躍。家族は真由美夫人と1男1女。血液型O。


(取材・梶繁男)

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