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第421回    hitomi  
2004.07.11付紙面より

hitomi
写真=ドレス姿も撮った、カウガール姿も、吹き出る汗もカメラに納めた。アンコールでの涙も素敵だった。ただ、コンサート終盤で見せた見事なえびぞりジャンプを撮った瞬間「hitomiを捕らえた」と全身で感じた。シビレさせてもらいました
(撮影と文・水谷安孝)

1年休養…自分を保ち復活!今日も歌い続ける

 どんなジャンルも歌いこなす歌唱力、人を引きつけるファッションセンスが、一向に色あせない。浮き沈みの激しい芸能界で、hitomi(28)はデビュー以来10年間も第一線を走り続けてきた。道のりは平たんではなく「何か自分が爆発しそう」になったこともあるが、1年間の休養期間を置いて乗り越えた。なぜ、いつもhitomiであり続けられるのか−。


「人と人」の感覚

 「いろんなことがあったと思うけど、10年という年月にそれほどの意味があるとは思わないんです。努力したなあ、頑張ったなあという実感もないし。人にほめられるほどでも、ねえ。好きでやってきたことで。できることをやってきたって感じかなあ」。

 hitomiは10年という歳月をこう振り返った。はたから見れば明らかな謙そんだ。小室哲哉プロデュースでデビューしたのが94年。以来、周りで多くのアーティストが消え去った。J−POPの浮沈は激しい。なぜ生き残っているのか、なぜ彼女の書く詞は同世代の女性から共感され続けているのか、その答えを見つけたかった。約1時間のインタビューで分かったことは、偶然でなく必然の結果だったということだ。言葉はこう続いた。

 「スピードの速い世界なので、なるべく流されないようにしようとは思ってきました。その結果手にしたものは、すごい強いもののような気がします。1個1個、まあいいかと流していたら、今の自分はない気がします。かたくなに絶対妥協せずに、ではないけど、大切にしたいもの、守りたいものを強い志で守ってきたのかな、っていう気持ちはありますね」。

 そんな生き方は、1年間の充電期間に象徴される。02年大みそかの紅白歌合戦出場、カウントダウンライブを最後に、03年を休むと決め実行した。02年11月に結婚したが、それが理由ではなかった。ヒット曲「LOVE2000」を出した00年ごろから「このままでいいのかな」という思いがあったという。

 「あれ、おかしいなって思ってしまって。流されないようにしようと思いながら、周りのスピード感に納得できなかったんでしょうね。このままだと、人間崩壊に陥ると思いました。私の原点を確認したかったんでしょうね。なぜ、私は歌うのか、詞を書くのかっていう。もっとさかのぼれば、私はどんなふうになりたかったのかしら、まで。あのままいってたら、自分を見失うって思ってしまったんです」。

 売れているとき、勢いに乗っているとき、人は走り続けることより、立ち止まることの方がはるかに難しい。日々多くの新人がいろんな分野から飛び出してくる芸能界ではなおさらだ。彼女にはそれができた。自分が自分でなくなる前に、安全装置を引いた。いや、あえてやった。周囲に心ない皮肉ややっかみがあったことは想像に難くないが、決心は揺れなかった。


大きい夫の存在

 充電期間は、岐阜や山梨へキャンプに行ったり、北海道に行ったりした。東京でも、同世代の普通の女性と同じ日常生活を送った。クラブで踊り、ショッピングに出かけた。

 「世間話が楽しかったです。仕事関係ではないところで、人と出会ったり、たあいもない話をすることで、人対人という感覚で見てもらえているのを感じたんです。hitomi対人ではなくね。それまでは、マスメディアに乗ることでhitomiが増幅されて、いつも見られているような感じがあったんですよ。それが、普通に人と接することで解消されました」。

 自分をリセットする上で、やはり夫の存在も大きかった。

 「家にいたからって、主婦になったという感じでもありませんでした。だんなというより、友達、よきパートナーっていう感じです。これが生きていく上で必要だと思いました。結婚にあこがれていたわけではないけど、言いたいことを言い合ったりできて、精神的にも落ち着きました」。


広がった観客層

hitomi

 今年5月、2年ぶりにアルバム「TRAVELER」をリリースした。表面的には充電期間前と変わっていない。しかし、新しい作詞群をみると、決して現状に満足せず、自分の足で前に進んでいこうという強いメッセージが満ちている。それがタイトル「旅人」の意味だ。「シアワセッテ、ナンデスカ?」という曲では「そんなんでいいんですか?」と問い掛ける。

 「私が書く詞は毎日の積み重ねの結果です。寂しければ、それをはね返す歌をつくろうとか思ったりしてね。今回は、hitomiをやり遂げたいという気持ちがありました。でも、何をすればそうなるのか、分からなくて。今もモヤモヤしているんですけど。ただ言えるのは、理想を常に追い求めているのかもしれません。私の書く詞なんて、小さい影響力かもしれませんが、いい意味の影響力なら、生意気な言い方なのかもしれませんが、いい人間が増えていく世の中になって欲しいなあっていう気持ちはありました。伝えていくことが、簡単でないことはよく分かっています」。

 9日、2年ぶりの全国ツアーを終えた。飢餓感が募っていた従来のファンはもちろんだが、ふたを開けてみると、上も下も含めて、観客の年齢層は広がっていた。

 「みんなが待っていてくれたんだなーって感じました。以前のツアーより、ライブ感がありましたね。初めてきてくれたお客さんもいっぱいいて。楽しんでくれたみたいです。何て言ったら分かってもらえるのかな…。先入観とか、hitomiはこんな感じというラインをつくらずに入ってきてくれたと思うんです。それは長くやってきて、いろんな私があったという結果だと思うんです」。

 その言葉には、自分の生き方、判断が間違っていなかったことへの安堵と自信がただよっていた。


自分の世界観持っていてカッコイイ

 「Every Little Thing」の持田香織(26)  同じ所属事務所ということで、よく食事をご一緒させてもらったり、とても仲良くさせていただいております。hitomiさんは、自分の世界観というものをしっかり持っている方で、私から見てすごくカッコイイと思いますね。今年の夏は、野外イベントで一緒になることがあるので楽しみにしてます。


 ◆hitomi(ひとみ) 本名は非公表。1976年(昭和51年)1月26日、神奈川県生まれ。モデルとして活動中の93年にプロデューサー小室哲哉と出会う。94年シングル「Let,s Play Winter」でデビュー。95年「CANDY GIRL」のヒットで一躍脚光を浴びる。96年アルバム「by myself」はミリオンセラー。00年シングル「LOVE2000」をシドニー五輪女子マラソン金メダリスト高橋尚子が愛聴していたことが話題に。02年にヒップホップグループ「GASBOYS」の元メンバーでデザイン会社勤務の男性と結婚。167センチ。血液型B。


 ◆アルバム「TRAVELER」 ドラマ「離婚弁護士」の主題歌「心の旅人」や東芝携帯電話のテレビCM曲「SPEED☆STAR」など全11曲を収録


(取材・竹村章)

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