速報記事一覧へ スコア速報一覧へ スポーツカレンダーへ

nikkansports.com・ホームへ

共通ナビゲーションを飛ばす。ページメニューへ MLB | PDF号外 | プレゼント | 占い | 映像 | 新聞購読
0
googleの検索機能
nikkansports.com・ホームへ
ページメニューを飛ばす。コンテンツへ
TV全国番組表

click here!
芸能TOP
シネマ
占い
インタビュー
イベント/チケット
黛まどか
TV全国番組表
メーンメニュー
・ 野球 ・ サッカー
・ スポーツ ・ バトル
・ 競馬 ・ 芸能
・ 社会 ・ 釣り
ページトップへ
芸能タイトル

  インタビュー<日曜日のヒロイン>
日刊スポーツ(東京本社発行分)のバックナンバーを
希望される方は→こちらをご覧ください
第444回    高村薫  
2004.12.19付紙面より

高村薫
写真=飾り気のない言葉、すっきりとしたたたずまい。芸術家然とした威圧感はまったくない。いたずらに心を波立たせることのない、職人のようなまなざしだ。その目の奥に、巨大でち密な小説の舞台が横たわっているのかと思うと、さらにのぞき込みたくなった。ところが、一緒に暮らす4匹のネコのうち最年長のキンタを抱いてもらったら、目がなくなってしまった。
(撮影と文・越田省吾)

偉大な普通のオバサン

 きっかけは、ボーナスでパソコンを買ったことだった。小説家高村薫さん(51)。OL時代、帰宅後の暇つぶしに始めた小説書き。ち密な構成力や克明な情景描写、骨太な筆致、社会への冷徹な視点、そして普遍性がプロをもうならせ、デビューからわずか3年で直木賞を受賞していた。作風から寡黙で怖い人なのかと思って会うと「私は普通のオバサンです」。読者の心を揺さぶる物語は、淡々とした規則正しい日常からつむぎだされている。


独身…猫4匹

 大阪市内の閑静な住宅街にある自宅を訪ねた。ソファに腰掛けて待っていると、小柄な姿が現れた。立ち上がってあいさつすると「よろしかったらどうぞ、食べてください」と目の前で洋ナシを切り始めた。「結構甘いと思いますよ」。

 その後ろに、分厚い小説や全集がぎっしり詰まった壁一面の本棚が見えなければ、日本を代表する社会派作家には見えなかった。

 作家といえば不規則な生活、原稿を書くのは真夜中、というイメージがあるのですが、と水を向けると「普通のお勤めの方と変わりませんから」。2階建ての一戸建て住宅に、今は4匹のネコと暮らしている。両親は他界。独身。

 「朝は普通に起きて、朝食もつくり、掃除も洗濯もします。午前9時ごろから机に向かいます。お昼になったらご飯をつくって、片付けて、また机に向かいます。夕方になったら買い物に出かけ、夕ご飯です。その後は、普通の方々はアフター5でしょうが、さすがにそれはありません(笑い)。そこからはちょっと長い残業ですかね」。

 2階の書斎。タバコをくゆらせ、少々のウイスキーをかたわらに、ワープロに打ち込んでいく。午前0時ごろ、執筆をやめる。

 「小説を書くというのは、気分が乗ったからどんどん書いて朝になっちゃったというようなものじゃないんです。とても理性的な仕事なんです。事務的と言ってもいい。ペンキ屋さんが、毎日壁を塗り重ねていくような感じですね」。

 こうした日常の合間に、大事件や政治の問題などについて、新聞社や出版社からコメントを求められる。映画化された「レディ・ジョーカー」はグリコ森永事件を参考にした。取材で、何度も新聞社を訪れた。電話で識者にコメントを求める記者たちの姿を何度も見た。「そういう方に苦労をおかけするのも何ですから」と断り切れないことが多い。しかし、最も大きな理由は「社会とのつながりを保つこと」だという。

 「小説家というと、どこかの旅館にこもって、というイメージをお持ちの方もいるかも知れませんが、私はしませんね。社会とつながっているのが物書きだと思っていますから。つながるためには自分も何かしなければなりません。小説を書いて、ハイ、どうぞ、ではいけないと思います」。

 庶民的日常も、社会、現実とのつながりを大切にする姿勢の現れなのかもしれない。そんな普通の生活が、複雑化した時代の核心を突き、社会や人間の普遍的問題をあぶり出す力になっているのだろうか。


夜の暇つぶし

 小説家志望ではなかった。生まれは大阪。東京の国際基督教大を卒業後、大阪に戻り、外資系の商社に入った。秘書も兼ねた職種で、幅広い業務をこなした。

 「30歳を過ぎるころ、だれでも、何となくこのままでいいのかなって考えるでしょ? 具体的に何をしたいという訳でもなく。結婚する相手もいない。仕事を続けるしかないのか。そんなことをモヤモヤ考えていました」。

 入社から9年目。夜の暇つぶしと、会社でやり残した仕事を自宅で済ませるため、ボーナスで70万円のパソコンを買った。

 「バブルが始まるころ。使いきれないぐらいボーナスをもらうんです。家に届いたその日から使い始めました。特に書きたいことがあったわけでもなく、何か1行書いてみようと。オフィス文書ではない文章を書いてみたかった。『木が1本生えている』みたいな、会社では絶対使わない言葉を書いてみようと」。

 昔から機械が好きだったこともあって、最初はパソコンを使っている感じが心地よかった。毎夜、書いては消しを繰り返した。ある日、自分の好きな情景を書いていくうちに、ある人間の姿が浮かんだ。車をじっと見ている。なぜ見ているのか。爆破するために見ていたのだ。ストーリーが浮かんできた。書き続けた。こうして処女作「リヴィエラを撃て」が誕生した。

 「誰かに読んでほしくなるのが人情です。でも、家族はもちろん、友人にも恥ずかしい。そんな時、雑誌の片隅の公募広告が目に入ったんです。確実に私を知らない人ですから」。

 そんな折、父親が亡くなり、あわただしさの中で応募のことなど忘れていた。しかし、出版社からの電話が鳴った。第2回日本推理サスペンス大賞の最終候補作になった。大賞は逃したが高い評価を得た。出版関係者の強い勧めもあって、再び執筆に取り組んだが、それでも小説家になる気はなかった。

 「本当の自分と違う何かに引きずられて書いていた感じですかね。正直、困ったなあと。若い人が六本木でモデルの勧誘を受けて、そんなことを考えてもいなかった人が、明日からそういう世界に入ってみようと考えられます? それと同じです。出来心で1回ぐらいグラビア撮影しようかなと思っても、芸能界に入ってスターになるというのはまた別の話ですよね」。

 2作目は銀行強盗小説「黄金を抱いて翔べ」。前年逃した日本推理サスペンス大賞を手にした。賞金を手に入れるためには、もう1作書くことが条件だった。

 「うまくできてますよね。悩みました。結局、賞金に負けました(笑い)」。


3年で直木賞

高村薫

 不器用で両方はできなかった。だから会社は退職した。そして連続殺人事件を追う刑事を警察組織の1人として描いた「マークスの山」でついに直木賞を受賞する。平凡なOL時代、暇つぶしに文章を書き始めてから、わずか3年後の出来事。大型作家の誕生ともてはやされたが、気持ちはまだ複雑だった。

 「自分が読みたいと思う小説ではなかった。もやもやした気持ちは残っていました」。

 そんな時、阪神大震災が発生する。数カ月後に始める連載小説の題材は決まっていたが、その構想は吹き飛んだ。

 「40歳のオバサンでも考えてしまうほど、世の中に変化が訪れた時代でした。私たちの世代は、21世紀はバラ色の未来が待っていると思って育った『鉄腕アトム』の世代。90年半ばに入って、大震災、そして地下鉄サリン事件。これは大きな曲がり角に立っているなと感じました。それまで書いたことのない、社会的なことを書いてみたいと思いました」。

 現実と正面から向き合う論理的思考が、極端な形で目の前に現れた現実のうねりに刺激されて生み出したのが「レディ・ジョーカー」だった。戦後という時代について、企業社会、社会的強者と弱者の葛藤、理不尽な差別問題などから迫った。

 すべての作品に一貫するち密でリアルな描写も、性格的なものという。

 「論理的というか、理屈でしか人生を前に進められない性格です。えい、やあっという飛躍が苦手なんです。どんなことでも、自分の中で説明し、理屈をつけ、位置づける。衝動で動く時もありますが、後で必ずなぜそうしたか理屈をつける。小さなころからそういう性格でした」。

 だから機械が好き。小説を書く時は、徹底的に取材する。それも、いわば高村流の取材だ。写真も、メモもとらない。例えば「レディ・−」の冒頭から続く競馬場でのやり取り。

 「取材では、まずその場に自分の身を置くことを大切にしています。いつも競馬場に通っている人間の1人になってみる。空気、匂いを感じる。スタンドの石段はずいぶん大きいなとか。感覚を体に染みこませていく。馬がゴールに迫った時に急にスタンドが沸き出す様子とか。データは後からいくらでも得ることができます。大切なのは皮膚感覚を持ち帰ることです」。

 その説明が、作家自身の生活や考え方と見事に論理的に帰結していく。淡々と過ごす日常、社会とのつながりを保つこと−。そこに思いいたった時、日本が誇るこの才能を「天才」などと呼ぶことにやや違和感を感じた。あえていえば「偉大な普通のオバサン」だ。


 ◆映画「レディ・ジョーカー」 平山秀幸監督。渡哲也主演。企業人誘拐を計画・実行する5人の男たちと、事件を追う刑事、さらに企業側の人間たちの姿を描く社会派サスペンス。東映系で公開中。


 ◆高村薫(たかむら・かおる) 本名・林みどり。1953年(昭和28年)2月6日、大阪府生まれ。国際基督教大で仏文学を専攻。卒業後に外資系商社に勤務。90年「黄金を抱いて翔べ」で日本推理サスペンス大賞を受賞。93年「リヴィエラを撃て」で日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞、同年「マークスの山」が直木賞受賞。著書はほかに「照柿」「神の火」「李歐」「晴子情歌」など。


(取材・松田秀彦)

前のページへ戻る このページの先頭へ
ニッカン倶楽部広告ガイド会社案内このサイトについて問い合わせ
  nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。
  すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。
  
野球ページへ サッカーページへ スポーツページへ バトルページへ 競馬ページへ 芸能ページへ 社会ページへ 釣りページへ