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フィギュア界の草分け稲田悦子さんが死去

 1936年ガルミッシュパルテンキルヘン(ドイツ)冬季五輪のフィギュアスケート女子シングルに、日本の五輪史上最年少の12歳で出場した稲田悦子(いなだ・えつこ)さんが03年7月8日午後7時20分、胃がんのため千葉市美浜区の千葉市立海浜病院で死去した。79歳。大阪府出身。自宅は千葉市美浜区打瀬2の22、ミラリオ1号館502。葬儀・告別式は11日午前11時から東京都中央区築地3の15の1、築地本願寺で。喪主は夫正雄(まさお)氏。

 8歳でスケートを始め、日本の女子フィギュア界の草分けとなった。小学6年生で冬季五輪の日本女子初の代表となった36年五輪では、身長127センチで開会式の入場行進する姿にロイヤルボックスのヒトラーが「あの子は一体何をしにきたのか」と尋ねたという逸話もある。大会も出場26選手中10位と健闘した。

 全日本選手権は35年に女子が初めて実施されたときに優勝したのを含め、7度優勝。インストラクターとしても活躍し、多くの五輪選手を育てた。福原美和、上野(現姓平松)純子、石田(現姓岡本)治子(女優いしだあゆみの実姉)の五輪選手らを育てた。


関係者悲しみの声

福原美和さん(60年、64年五輪代表)の話 スケートを本当に愛していた方で、最後まで日本のスケート界の行く末を案じていました。稲田先生好みの選手は札幌オリンピックで話題になったジャネット・リンさん(米国)で、人々に感動を与える選手が大好きでした。

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