F1日本GP過去の歴史

【1990年10月22日付本紙より】

亜久里3位! 日本人初表彰台!新たな歴史刻んだ

 ◇10月21日◇決勝(53周)◇三重・鈴鹿サーキット(1周5・85943キロ)◇出走25台(完走10台)◇晴れ◇観衆14万1000人

 亜久里が日本のモータースポーツ界に歴史的な一ページを刻んだ。鈴木亜久里(30=エスポラルース・ランボルギーニ)は、出走25台中完走10台という激しいバトルの中、35周目で3位に浮上し、その後も最速ラップを更新する攻めの走りでゴール。3位入賞で1950年(昭25)からのF1史上、日本人初の表彰台に立った。中嶋悟(37=ティレル・フォード)は6位に入賞し、二人の日本人選手の同時入賞も史上初。優勝はネルソン・ピケ(38=ベネトン・フォード)。

ラスト2周、涙で前が

 ヘルメットの下で、鈴木はあふれる涙をどうすることもできなかった。51周目。鈴木の目に映ったのは、コースの至る所で総立ちとなった観衆の拍手であり、日の丸の旗だった。表彰台を確信した14万1000人の観衆のパワーが、残り2周の間、涙で前が見えなくなった鈴木の後押しをした。レースファンの、そして日本人の夢を乗せて、鈴木のランボルギーニは疾走した。

 ゴールの瞬間、大声援にこたえるように右手を高くかざした。ヘルメットのシールドを開け、グローブをした左手で涙をぬぐった。金曜日の予備予選で終わった昨年の日本GPから1年。鈴木はホームコースに日の丸を揚げた。グランドスタンド前での表彰式。1位のピケ、2位のモレノよりひと際大きな声援に、3位のトロフィーを高々と持ち上げた。涙は消え、はじけるような笑顔に変わっていた。シャンパンが渇いたのどにしみる。88年の全日本F3000選手権以来の美酒。日本人として初めて味わうF1表彰台でのシャンパンシャワーでもあった。

 満足度100%のレースだった。アレジの欠場で、9番手からのスタート。セナとプロストが接触し、ベルガー、マンセルと優勝候補が次々と脱落していった。6周目にはワーウィックを第1コーナーの内側から抜いて6位に立った。F3000時代監督として一緒に戦った由良拓也氏(39=ムーン・クラフト)は、「ほかのドライバーは、第1コーナーや次の第2コーナーで不安定になるのに、あいつは逆に速くなる。世界に自慢できる走りを見られてうれしいよ」と感激する。

 最後までアクセルを緩めない積極的な走りを支えたのは「いつまでも同じところに満足せず、前進しよう」というレース哲学だった。どん欲にアクセルを踏み、5位、4位と順位を上げる。35周目には、前を走るパトレーゼがタイヤ交換のためピットに入りついに3位。その間も、1分44〜45秒台で走り、毎周最速ラップを更新していった。燃費を心配したピットから「ガソリン注意」のサインが出されたほどだが、走り終わったマシンには1・2リットルのガソリンが残っていた。ただ無謀に飛ばしていたわけではなかった。

 「もうちょっと英語(F1の公式記者会見は英語で行う)がうまくなってから、表彰台に上がる予定だったけどね(笑い)。でも、これぐらいの成績はいつでも挙げられると思っていたんだ。チームのみんなが僕のホームコースでいい成績を挙げさせようと頑張ってくれたから」。公式予選初日が終わった午後7時過ぎ、鈴木は一人でピットを訪れた。こんな時間にドライバーが来ることは珍しい。ピットで作業する一人ひとりに握手をし「いいエンジンに仕上げてくれてありがとう」と心から頭を下げた。僚友のベルナールのメカニックにも同様だ。それにこたえようと、メカニックたちはこの朝午前6時からタイヤ交換の練習。チーム一体となっての3位入賞だった。

 全戦に予備予選不通過となった昨年の苦しみの中で、鈴木は確かに成長した。この日の賞金は1000万円といわれるが、鈴木は金額以上のものをつかんだ。残された目標は表彰台の一番高い所しかなくなった。【桝田】


鈴木亜久里プロフィル

 ◆名前は人気漫画から 1960年(昭和35年)9月8日、東京都板橋区生まれ。フランス人の祖父を持つクオーター。亜久里(あぐり)という名前は、当時の人気漫画「アッちゃん」「グリちゃん」からとって命名された。
 ◆英才教育 父親・正士(まさし)さん(54=美容院経営)が、カートレースの主催をしていた関係で10歳の時から、カートレースに出場。19歳の城西大在学中に全日本チャンピオン。
 ◆挫折と栄光 輝かしいカートの戦績をひっさげて19歳でF3に参戦。しかし資金難から2年で撤退。耐久やGCシリーズで細々と活動を続け、87年からF3000にステップアップ。88年には星野一義(キャビンRT)を抑え初のシリーズ王者に。その年、ラルースの代理ドライバーとして、日本GPでF1初体験(16位)。
 ◆家族 城西大時代の同級生でもある明子夫人(30)と、88年2月に結婚。先月10日に長男・瑞翔(みずは)ちゃんが誕生した。
 ◆稼ぎ 超一流ドライバーは別として、通常は個人でスポンサーを獲得しチームに「マシン使用料」を支払うが、鈴木の場合はチームオーナーとスポンサーが同一(エスポ)ということもあり、契約料は推定3000万円前後。しかし、今回の3位で特別ボーナスが出ることは確実だ。ほかにCカー(ルマン)出場料やCM(東芝)出演料もあり、今年の推定年収は5000万円近くになりそう。年収15億円といわれるセナの域にはまだまだ。
 ◆経済観念 モナコにも家を持つが、これはF1転戦の本拠地とするため、移動に使う飛行機はファーストクラスでなく常にエグゼクティブクラス。


明子夫人「実感がわかない」

 東京・世田谷の自宅では明子夫人が3位の知らせに大喜び、電話などの祝福攻めにあっていた。例年は応援に行くが今年は先月10日に長男・瑞翔ちゃんが誕生したため留守番。鈴木本人から「3位だよ」と連絡は受けたものの「レースを見てないから実感がわかなくて」と話していた。「電話でも子供の話ばかりなんです」と笑うほど鈴木は子煩悩。「子供ができて張り切っているみたい」と明子夫人。レースには事故がつきもの。「気にしていない」と言うが、家族にとってはやはり心配だ。「本人は35歳までと言っているから、スッパリあと5年でやめてほしいんです。できればそれまでに一度は優勝してもらって」。明子夫人は鈴木がパリで買ってきたというエスポラルースカラーのベビー服を着た瑞翔ちゃんを抱いて、感激を語った。


オーナー興奮!父は「感無量」

 F1(決勝)9戦目で3位入賞を果たした鈴木を、二人の恩人が感無量で見つめていた。エスポラルースチームの関係者用テント。父親の正士さんと、チームオーナーの伊東和夫エスポグループ社長だ。

 正士さんは、「うれしい! 感無量です」と言ったきり絶句した。カートレースで英才教育をして、鈴木の現在の基礎を築いただけに、5回目の観戦での快挙に感激を隠し切れなかった。

 伊東社長も、表彰台の鈴木に思わず「亜久里!」と叫ぶほど興奮。「今の若い人に、頑張ればやれるんだということを教えてくれた」と、顔を紅潮させていた。


アラン・ドロンも祝福

 フランスの人気俳優アラン・ドロンも、鈴木を祝福した。3位入賞の鈴木が、ラルースチームのテントに帰ってくると、ガッチリ抱き締め、自分の息子のように頭をなで回した。鈴木の祖父はフランス人、ラルースもフランスのチームとあって、ドロンは「きょうの入賞はフランスと日本の勝利だ」と興奮気味に話した。同国人のプロストを応援に来たが、スタート直後にリタイアするハプニング。それでも、鈴木の快挙に上機嫌だった。


セナ、プロストいきなり接触!

 セナ、プロスト戦争が再びぼっ発した。スタートわずか8秒後の第1コーナーで、アイルトン・セナ(30=マクラーレン・ホンダ)とアラン・プロスト(35=フェラーリ)が接触、2台ともリタイアし、昨年のシケインでの両者の接触の再現となった。今GPはともにポイント0で、セナは9ポイント差のまま、2年ぶり2度目の年間王者を獲得した。

8秒後…そしてののしり合い

 まただ。セナとプロストが年間王者を分ける接触事故。今回はスタート8秒後だった。ポールポジションのセナのスタートが遅れ、予選2位のプロストがトップを奪い第1コーナーヘ。プロストが急角度でインに切れ込んだ。セナは右の両輪をコースからはみ出させながらも、必死のハンドリングをする。しかしコーナー中間で2台のフロント部分が接触。プロストが乗るフェラーリのフロントウイングが舞い上がり、2台とも砂煙を上げ外のサンドトラップへ突っ込んでいった。第1コーナーの観客はア然、残る10万人近くの観客は二人の走りを見ることさえできなかった。

 2年ぶり王者となったセナは観客に手を振りながらピットに戻ってきた。メカニックのほおをたたき喜びを爆発させた。

 2年連続4度目の王者を逃したプロストはいきりたっていた。「セナはタイトルを取るためには死んでもいいのではないか。私は決してそんな方法はとらない。レースは停止すべきだった。規則を変えないと」。ブースに戻り、報道陣をシャットアウトした。

 セナは突っ張ねた。「インを突こうと思ったら、プロストがマシンを寄せてきた。プロストは僕の前を走っていたのだから、先に行けばよかったんだ。その力がないのなら道を譲らないと」。昨年は残り5周のとき、シケインで2台が接触し、セナが近道したと判断され、年間王者をプロストに奪われた。レース終了のときにはプロストは既に記念撮影のフラッシュを浴びていた。1年後、両者の立場は逆転した。

 イタリアのプレスはセナの危険な行為を提訴しろと騒いだ。「セナがいたおかげで戦争になった」。プロストは不気味な言葉を語った。昨年、セナは「シーズン中の走りが危険である」としてFISA(国際自動車スポーツ連盟)から執行猶予付き6カ月の出場停止と罰金10万ドルの処分を受けた。セナがF1出場のスーパーライセンスの更新申請締め切り日(2月15日)にわび状をFISAに提出し、今シーズンのエントリーを許可されたいきさつもあり、プロストの対処方法が今後の展開のカギを握っている。【飯田】

FISA会長がセナ非難

 FISAのバレストル会長は21日、モンテカルロのラジオ局とのインタビューで、F1シリーズの日本GP決勝(21日)で総合優勝争いをしていたアイルトン・セナとアラン・プロストが、スタート直後に接触してともにリタイアした件について、セナを非難し「恥ずべきことだ」と不快感を表明した。バレストル会長はまた「総合優勝争いの結末が(昨年に続いて)一人のドライバーのミスで台無しにされ、汚された」との認識を示した。(AP)


ピケ、ナニーニに贈る涙の勝利

 現役最年長38歳のF1戦士、ネルソン・ピケ(ブラジル)が代役ドライバーのロベルト・モレノ(31=ブラジル)を率いて、ベネトン・フォード・チームに劇的なワン・ツー・フィニッシュをもたらした。9日前に右腕を切断したアレッサンドロ・ナニーニ(31=イタリア)に贈る勝利だった。

現役最年長38歳、3年ぶり21度目V

 「ナニーニがいなかったんで、とても楽な勝利だった。ヤツは、年中オレの(車の)しりを突っつき回して、スキあればの下克上を狙っていたからね」と、ピケはそう言って報道陣ををドッと笑わせた。

 実際には、ヘリコプター事故で12日に右腕を切断したナニーニを、最も気遣ってきたのがピケ。スタート前もラジオの取材に「ヤツにささげるような仕事を、これからするんだ」と答えている。

 予選は6位だった。マクラーレンやフェラーリとは、エンジンがV8ということもあって、50馬力もパワーで差をつけられている。「スタートの事故は、あんまり後方にいたので見えなかったよ」とふたたびジョークを言った後に、「非力だから苦しいとは思ったが、絶望したことは一度もない。タイヤ交換なしで走り切るギャンブルが成功した」。

 2周目から2位、26周目にフェラーリのナイジェル・マンセル(36=英国)がピットで止まってしまったのを突いてゴールを目指した。38歳は現役最年長。出走回数187回、生涯得点456点はともにプロストに次いで2位。キャリアはダテではない。

 非力なマシンは、直線での速度を上げるために、通常、後部の羽根を極力寝かせる。しかし、ピケは全く逆に、羽根を立て、直線よりコーナーでの安定性を求めた。理屈に合わないが、「そのおかげで、コーナーでタイヤの負担が減少し、交換なしで走り切れたんだ」。タイヤを換えるためにピットインして、レースを失ったマンセルと対照的だ。

 3度も世界王者になっているが、昨年まで不振のロータスで低迷した。しかし、誇りと情熱は失っていなかった。3年ぶり21度目の優勝で、キラリと涙。コンストラクターズ(製造者)ポイントでもウィリアムズを抜いて3位に上がった。「人生は、いつ報われるか分からんもんだ」とシャンパンをあおった。【後藤】

代役モレノ2位でベネトンがワンツー!

 モレノはゴールしてマシンから降りるなり、師と仰ぐピケに抱きつき、涙で顔をくしゃくしゃにした。「10日前には、乗る車がなかった。それが、今はシャンパンの香りに包まれての2位。人生がこの1週間であまりに早く進みすぎた」。昨年の日本GP覇者ナニーニがヘリコプター事故で欠場。その代役としてベネトンチームに臨時雇いされたロベルト・モレノは、声を詰まらせた。

 資質は認められていたが、父は銀行員にすぎず、資金がない。1988年など、どのチームとも契約できず、フェラーリのテストだけが唯一のレーサーとしての活動だった。今年はユーロブルンチームで頑張ったが予備予選もほとんど通れずの状態で、ナニーニの事故がなければ、日本にはこられなかった。

 そういう苦労人だから「きょう(21日)の練習でマシンが不調、ピケさん用のスペアカーでいきなり決勝に出た」ハンディも見事に克服できたのだ。

 87年日本GPでF1デビュー、同国の先輩ピケの援助を受けてきただけに、「恩返しもできた」とも。人生最良の日だ。


中嶋「来年こそ表彰台」

 今シーズン3度目の6位入賞を果たしたものの、若い亜久里に先に表彰台を奪われた中嶋悟(37=ティレル・フォード)は、悔しさを隠さなかった。「早く経験したいよ」。オレを超える若手が出てこないと常々言っていた中嶋だが、いざ抜かされてみると先輩のプライドがうずいた。

 レースは中嶋らしい粘りの走りだった。14番手スタートだったが、6位のワーウィックを捕らえた36週目のグランドスタンド前、中嶋はアウトに出ると一気に加速、後は6位を確保する走りを見せた。

 「タイヤが滑るようになったので、順位をキープするのがやっとだった。この状態で6位以上は無理だよ」。昨年は12周でリタイア。「鈴鹿で生き残れた上に入賞できてよかった」。リタイアの少ない中嶋の面目躍如だった。

 今年は第6戦・メキシコGPから6戦連続リタイアという屈辱を味わった。だが、国内戦で21連続完走という記録を持っていたように、元来マシンを壊さずに走ることには定評がある。しかも、F2時代、得意としていた第1コーナーのアウト抜きもみせた。

 来シーズンはティレルにもホンダのエンジンが搭載されパワーアップは確実となる。「来年はオレの方が表彰台に立てる可能性が高い」。ベテランはレースへの情熱をかき立てていた。【飯田】


アレジ大事とり欠場

 今季のF1界で注目の新鋭ジャン・アレジ(26=ティレル・フォード)が、決勝レースを欠場した。公式予選の初日(19日)に、第1コーナーでクラッシュ。その時に痛めた首が完治せず、大事をとって欠場した。外国人記者の間では「来年はフェラーリでやる勝負の年。今は無理できないんだろう」の声も。


大入り袋300円

 昨年の13万2000人を上回る14万1000人の観衆が詰め掛けた鈴鹿サーキットでは、関係者に300円入りの大入り袋を配った。鈴鹿で最初にF1GPを開催した87年から、これで4年連続の大入りとなった。年々人気と興奮度が高くなるF1GPは、10月のスポーツイベントとしてすっかり定着した感がある。「来年もこれ以上の人出が予想されますので、席を増やすかどうか今後検討していくつもりです」と主催者。


人間の闘い…これがF1

後藤新弥のグランプリ・ビート

 東西の正横綱二人が、わずか8秒で消えて、張出横綱二人も次々に倒れた。セナの雄姿を、プロストの走りをと、前日(20日)午前7時半から並んで待ったファンにとっては、結果的にどこか物足りないレースになったかもしれない。しかし別の側面からみれば、この日のレースこそ、まさにF1の真骨頂ではなかったか。

 セナとプロストは、昨年初めからすでに仲が悪く、ともに「(ホンダに)エースは二人はいらない」と公言。スタイルや性格こそ違え、世界最速男のタイトルへの闘志、情熱、そしてプライドは互角だった。実は二人とも、昨年のオフに「もう引退しよう」と考えたのだが、戦いの場に引き戻したのは、「あいつ」の存在だった。意地というより「あいつには負けたくない!」の一念が強迫観念となり、自分の人生のすべてにもなっていたのではないか。

 そういう人間としての闘いが極限的な形で表れたのが、悪夢の8秒間、この日の第1コーナーの事故だったと思う。走りを見られなかったファンには気の毒だが、F1が金、政治、財力、マシンの差、ファッションといったあらゆる「余計なもの」を脱ぎ捨てて、究極の人対人、男対男のバトルをついに具現化した。F1が、F1を超えてしまった一瞬でもあった。(編集委員 後藤新弥)


順位 ドライバー チーム・エンジン タイヤ タイム
1 N・ピケ ベネトン・フォード GY 1時間34分36秒824
2 R・モレノ ベネトン・フォード GY 1時間34分44秒047
3 鈴木亜久里 エスポラルース・ランボルギーニ GY 1時間34分59秒293
4 R・パトレーゼ ウィリアムズ・ルノー GY 1時間35分13秒082
5 T・ブーツェン ウィリアムズ・ルノー GY 1時間35分23秒708
6 中嶋 悟 ティレル・フォード PI 1時間35分49秒174
7 N・ラリーニ リジェ・フォード GY 1周遅れ
8 P・マルティニ ミナルディ・フォード PI 1周遅れ
9 A・カフィ アロウズ・フォード GY 1周遅れ
10 A・デ・チェザリス リジェ・フォード GY 1周遅れ
  D・ワーウィック ロータス・ランボルギーニ GY 39周目リタイア
  J・ハーバート ロータス・ランボルギーニ GY 32周目リタイア
  M・アルボレート アロウズ・フォード GY 29周目リタイア
  N・マンセル フェラーリ GY 27周目リタイア
  E・ピロ ダラーラ・フォード PI 25周目リタイア
  E・ベルナール エスポラルース・ランボルギーニ GY 25周目リタイア
  G・モリピデッリ ミナルディ・フォード PI 19周目リタイア
  I・カペリ レイトンハウス・ジャッド GY 17周目リタイア
  A・デ・チェザリス ダラーラ・フォード PI 14周目リタイア
  M・グージェルミン レイトンハウス・ジャッド GY 6周目リタイア
  D・ブラバム ブラバム・ジャッド PI 3周目リタイア
  G・ベルガー マクラーレン・ホンダ GY 2周目リタイア
  A・セナ マクラーレン・ホンダ GY 1周目リタイア
  S・モデナ ブラバム・ジャッド PI 1周目リタイア
  A・プロスト フェラーリ GY 1周目リタイア
  J・アレジ ティレル・フォード PI スタートせず
11位の平均時速は196.937キロ
最速ラップはパトレーゼの1分44秒233(40周目)平均時速は202.373キロ
タイヤはGY=グッドイヤー、PI=ピレリ。


  nikkansports.comに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。
  すべての著作権は日刊スポーツ新聞社に帰属します。