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チュー中原のバスケを語ろう

2005/12/19
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DJと観客がホームゲームを作る

FMヨコハマDJ・栗原治久氏:第1回

 NBAのアリーナの音響を日本で導入するようになったのはいつのころでしょうか。「僕が導入したという自負があります」と話すのは、FMヨコハマのDJ栗原治久氏(38)。かつていすゞ自動車で中原雄氏(39)と同僚だった同氏は2シーズン、いすゞのスタジアムDJを務め、本場の音響を導入しました。DJから見た日本のバスケットボールを話してくれました。【構成:飯田みさ代】

 中原 クリちゃんはいすゞに何年勤めたっけ?

 栗原 丸3年ですね。

栗原氏
「NBA式応援を日本に導入したのは僕」と自負する栗原氏

 中原 そうか。クリちゃんがいた当時は、いすゞがそれほど強くなかったころだよね。その後、(佐古)賢一、(高橋)マイケル、南山(真)が入って、どーんと強くなったんだよな。

 栗原 僕は18歳からディスコ、今で言うクラブでDJをやっていて、会社員になってからも夜はDJをやっていたんです。でも、それだけじゃ我慢できなくなり、DJ1本で食っていきたくて、ラジオのオーディションを受けたんです。そこで受かって、今に至っているというか。

 中原 いすゞの祝勝会で再開したときは驚いたあ。クリちゃんにとっては「がい旋」だったよね。それからいすゞのDJもやってくれた。

 栗原 95年ごろですよね? いすゞの黄金時代突入のころ、ちょうど日本のバスケットに改革の波が来ていて、観客を集めるにはアメリカ流の音楽やチームアナウンサーみたいなのが必要なんじゃないか、と試行錯誤が始まったんです。そこで「だれかDJいないか?」ということで、元社員の僕に白羽の矢が立ってんですね。今度は外注として呼び戻された。

NBA式応援を日本に導入

   

 中原 いすゞも音響には敏感だったよね?

 栗原 実は、日本で初めてNBAの応援スタイルを取り入れようとしたのがいすゞなんです。スタジアムDJに僕が採用され、2シーズン毎試合やってたんですね。さすがにアメリカには行けないので、テレビを見ながら、どういうところでどういう音を当ててるかチェックしてました。

 中原 そうそう、バスケット好きだし、詳しいよね。

 栗原 当時はマイケル・ジョーダン人気が高くて、シカゴの試合しか中継してなかったですけど、テレビはよく見てましたね。とはいえ、プレーを見ていたというより、バスケットの会場音楽やスタジアムDJの演出をチェックするためにですけどね。

中原氏
栗原氏の話を興味深そうに聞く中原氏

 中原 NBAの会場で流される曲は絶対に流行の曲だし、逆に言えば、そこでかかると、売れるというか。

 栗原 今、日本でもスポーツ会場でよく耳にする♪進軍ラッパのメロディは、僕が日本で初めて流したという自負はありますよ。クイーンの「We Will Lock You」の最初の部分、♪ドンドンジャーンを代々木体育館で初めて流したのは、紛れもなく僕です。

 中原 確かに。それまではなかったよ、そんな音響。

 栗原 ♪進軍ラッパは、テレビで音を聞いて、自宅でキーボードを弾きながら音を作って録音し、そのキーボードを会場に持ち込んで流したんです。

 中原 へえ〜〜、そんなことやってたんだ。でも最初に流したとき、会場の反応はどうだった?

 栗原 関係者には「何これ?」って聞かれたし、会場も???という感じでしたから戦いましたよ。日本の伝統的な応援は「い・す・ゞ! チャチャチャ!」(一部カット)といった調子じゃないですか。僕がNBA式を流すと、僕の雇い主が文句を言いに来るんですよ。「乗れねえ」って。そりゃ、違うことやろうとしてるんだから、当たり前じゃないですか。僕も頑固でしたからね。NBA方式の応援を日本に浸透させるのが、自分の使命だと思ってやっていたところがあって…。そしたら、2シーズンで声がかからなくなったんです。でもね、それが今、横浜ベイスターズのスタジアムDJとして野球場で生きてますけど。

 中原 うそ! 本当に?

 栗原 今、横浜スタジアムで全部、あれをやってますよ。

栗原氏
スタジアムでのDJの重要性を語る栗原氏

 中原 うーん、バスケットは受け入れなかったけど、野球はその応援スタイルを受け入れたってことかあ。

 栗原 DJの立場から見ると、アメリカのプロスポーツがいかに観客と、音楽とが一体になってるかが分かるんです。例えば、攻撃のときにかかる♪手拍子のテンポあたりは、ドリブルのスピードとリズムに合ってるんですよ。

 中原 なるほど、合ってるかもしれないね。

 栗原 最初はゆっくりで、段々早くなっていって、ゴール前に切り込んでいく…。観客もそれを分かってるんですね。そんな具合にホームコートでは、DJと観客が試合を作っていくんだと思います。それがうまくいったとき、ホームコートアドバンテージとして選手にエネルギーを送ることができるんじゃないかと強く思うんですよね。

 中原 バスケットってやっぱり、音楽とファッションと一体で切り離せないものだよな。



◆栗原誠(くりはら・はるひさ)
 1967年(昭和42年)10月24日生まれ。東京都江戸川区出身。立大卒業後、いすゞ自動車に入社。DJ業を本職とするべくFMヨコハマのコンテストに応募、93年1月番組デビュー。現在、同局の「モーニングステップス」のパーソナリティーのほか、横浜ベイスターズのオフィシャル・スタジアムDJやTVK(テレビ神奈川)の音楽番組選曲ディレクターも務める。ラジオ歴11年、クラブDJ歴19年の独身。http://djkurihara.seesaa.net/

チュー中原(本名・中原雄=なかはら・たけし)
 1966年11月10日生まれ。福岡県出身。専大ヘッドコーチ。89年に専大からいすゞ自動車入り。主将として4連覇を達成した後、99年に退社後、母校専大アシスタントコーチに就任、04年4月からヘッドコーチを務める。大学史上初の全日本大学選手権、関東リーグ戦を制すなど指導力に定評があり、テレビ解説でも活躍中。愛称は「チュー」。
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