14年ソチ五輪代表で国学院大助教の町田樹さん(31)に、フィギュアスケート界の今を解説してもらうインタビュー。第2回のテーマは「競技年齢」。若年層の活躍が続く現状から見えることは。【聞き手=阿部健吾】
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【北京五輪】フィギュアスケートの日程
「フィギュアスケートは昔から若年スポーツではありますが、現在その傾向がより一層強まっていることは確かでしょう。加えて、私の予感ですけれども、今後男子にもその傾向が現れてくるのではないかと危惧しています」
質問の念頭にあったのは女子。14年ソチのソトニコワは17歳、18年平昌のザギトワは15歳で金メダリストになった。現在もロシア勢を中心に10代が目立ち、逆に20歳前後で引退する選手も多い。その傾向を認めた上で、話は男子にも。
「羽生さんの世代、つまりいま25歳以上の選手が引退をした時には、選手の若年化が加速していくのではないかと推測しています」
加速させたのは4回転ジャンプだろうか。一般的に若い方が軸を作りやすく、跳びやすいとされるが。
「私が選手であった2014年頃までは、4回転を2本組み込めば、世界チャンピオンになれました。しかし、今は2本が当たり前で、3・5本組み込まなければ勝てないという状況になっています。よく、若くて細くて小柄な身体の方がジャンプは跳びやすいと言われますが、これについてはまだまだ科学的エビデンスが乏しいと言わざるを得ません。フィギュアスケートというスポーツは、その競技の特殊性からバイオメカニクスや運動生理学的な研究が他の競技に比べて少ないのです。ですから、今後早急にジャンプのメカニズムのみならず、それが身体に及ぼす影響などを、科学的に調査する必要があると私は考えています。近年では、若年化に歯止めをかけるようなルール改正案が議論されていますが、そうした科学的な検証がなされてはじめて適切なルール改正が行えるのではないでしょうか」
言及したのは、年齢制限の新たな動き。シニアへ上がる時期を現在の15歳から引き上げたり、年齢に伴うボーナス点導入などの提言も起きている。
「議論すること自体はとてもいいことですが、シニア年齢の引き上げや年齢ボーナスなどの制度は、導入したならば失敗は許されない。なぜならば、その制度が効力を発揮した期間の選手の人生が変わってしまうからです。導入したはいいけれど、『やっぱり効果なかったのでルールを元に戻します』であるとか、『もう少し規則を厳しくして、さらに年齢を引き上げます』などということはあってはなりません。だからこそ科学的知見も踏まえ、ルール改正の是非をシビアに検証しなければならないと思うのです」
選手寿命の長短自体には、競技の未来を考えて、危機感がある。
「とはいえ、1つ確実に言えるのは、選手の競技人生が長く続かない競技に希望を見いだされることはない、ということです。10代で競技人生が終わってしまうスポーツを、親はやらせたくはないですよね。そうなると、ゆくゆくは競技人口も減少して、競技そのものの衰退につながっていくことにもなります」
話は今後求められるスポーツの未来像に及んだ。国際オリンピック委員会(IOC)が掲げる「より速く、より高く、より強く」の理念。その価値観を再考する。
「人間の可能性の限界を拡張するというのは1つのスポーツの醍醐味(だいごみ)だったわけです。とりわけ、19世紀から現代にかけてはオリンピック・モットーが金科玉条になっています。しかし、皆さんもご存知の通り、社会の価値観はいま大きく変わってきています。その典型例がSDGs(持続可能な開発目標)です。また経済界ではグレート・リセットとも言われている。この現代の資本主義的な世の中は、競争原理をベースに人と人、企業と企業を競わせて誰が最大の効果、利益を獲得できるかということで発展してきたわけですけれども、ここにきて、それでは環境破壊なども起こり、人類が破滅に向かうということが分かってしまった。あらためて考えてみると、スポーツ界はまさにそうした資本主義および競争主義的な価値観が最も凝縮された世界だと言えます。無理なトレーニングにより慢性的な疲労状態が続く『オーバートレーニング症候群』しかり、摂取した栄養よりもスポーツで消費する栄養が上回ってしまうことで起こる『相対的エネルギー不足(RED-S)』や、『女性アスリートの三主徴』などは、すべて選手の健康よりも競技成績を重視することで発生する問題です。このような問題が続くと、スポーツ界もやがて崩壊していきかねません」
新記録を出すために体を酷使し続けるのは正しいのか。フィギュアなら、高難度ジャンプにそこまでの価値を見いだせるのか。根本から考え直さねば、競技年齢の議論は堂々巡りになる。
「だからこそ、スポーツ界にもSDGSやグレートリセットが必要だと考えます。つまり、スポーツ界も持続可能であることを至上だと考える価値観で運営されるべきなのです。幸いスポーツは競技規則次第で、いかようにも変容します。ゆえに、これからの時代は持続可能が実現するためのルールメイキングをしていくべきでしょう。一方で私は4回転ジャンプや、高難度技を一切非難していません。例えば、それが何回までなら体に害がないかということを科学的に検証し、その成果にもとづいて選手が長く活動できるような競技へと変革していくべきだと言いたいのです」
フィギュアは技術点と表現面を評価する演技構成点で採点がなされる。持続可能な技術が制限を伴っても、表現が点数となることは、競技自体の可能性として捉えたい。
確実に五輪の結果を受けても過熱する年齢論争。今後、どのような規則変更が行われるのか、注視していきたい。