金メダルで見えてきた地平がある―。リオデジャネイロ五輪メダリストインタビュー第2弾は、柔道男子73キロ級の大野将平(24=旭化成)が登場する。「柔道の地位を上げていかないといけない」。頂点に立ったからこそ感じる柔道界への使命感と焦燥感とは。「強く美しい」戦いを続ける男が、熱く、深く、語った。【取材・構成=阿部健吾】


■金獲ったからこそ 感じる使命感と焦燥感


 10月7日、歓声の渦に包まれながら、大野は思っていた。

 「やっぱり柔道家はいないんだな…」

 リオデジャネイロ五輪・パラリンピックのメダリストによるパレード、沿道を埋めた約80万人の声援に胸を熱くし、乗車した2階建てバスはゴールの日本橋にさしかかった。そこで目にした光景―。ビル群の壁に垂れ下がった20メートルほどの写真には競泳、レスリング、バドミントン、卓球、陸上の選手。目を移らせても柔道着姿はない。恣意(しい)的でないのは分かっている。ある1つの事実だが、それは今の柔道界が置かれている状況を端的に表していた。むしろ、必然と感じる自分もいた。

 「シンボルに柔道の選手がいないんですよ。そこに入らないといけない。自分だけでも何とかして上り詰めたい。この4年間で柔道の地位を上げていかないといけない。金メダリストになったからこそ、見えてきたことだし、やらないといけないことなんです」


■勝ち当たり前ではない


 パレードで胸に掲げた金メダルが分からせてくれたことがある。「当たり前」という文化だ。

 「今までメダルを取ったことがない競技がメダルを取ったらやっぱり素晴らしいと思います。でも、柔道は10年、20年前とは世界のレベルがまず違う。全然違う。柔道が勝って当たり前の時代は終わっているわけです。その中で僕らは結果を残し続けなければならない。偉大なる先人たちが残してきた結果、記録に劣らない成績をずっと残していかないといけないし、それに負けないような稽古をしてます。勝負の世界は厳しいが、対応して対応してやってますし、その中で金メダルを取っても、評価されていないわけではないが、他の競技ほど盛り上がらないと感じる」

 リオ五輪での柔道のメダリストは過去最多の26カ国に及ぶ。欧州、アジア、南米などでの競技人口の増加は著しい。当然、競技レベルの向上もそれに比例する。だからこそ考える。

 「今の時代では『当たり前』というのは間違っている。でも、僕ら選手はそのハードルの高さをやりがいに感じてやっているんですけど、やっていてもその対価として称賛は少ない感じはします」

 露出度、知名度の低さ、その状況を引き起こしている1つの原因は、柔道界にあるとみる。称賛の1つの対価は金銭だが…。

 「選手としてお金を稼ぐことは1つのステータス。スポンサーがつき、より良い競技環境を自分で作ることで、モチベーションになる。ただ、柔道ではそうはならない」


■契約やCMには未だ壁


 全日本柔道連盟、所属企業との関係など、個人契約に至るには壁がある。サッカー選手のように用具契約やCM出演などをするには、今の日本では難しい。ただ、甘んじてられない。

 「今、何が違うかというと、次に東京五輪がある。これから柔道を志す後輩たちが必ずいる中で、何かの魅力を感じないと競技人口も増えない。能力のある子は野球、サッカーに流れていくかもしれないけど、例えば柔道は稼げるとなれば、そういう子が入ってきて、世界に羽ばたいていけばいい循環になる。そんな簡単な話ではないと分かっているが、1つのきっかけですよね。この4年間は本当にチャンス。お金があればより良い環境で競技に打ち込める。海外に行けたり、日々のプロテインの支給などもあるでしょう。僕がその姿を見せることで、柔道の価値を高める貢献をしたい。まったく自分のためというのはない。自分がいくら頑張っても4年、8年くらいで、寿命も長くないのに自分のために稼ぎますと言っていてもバカですし、浅はか。お金は生きていく上で大切だから否定しないが、一番は純粋に僕は柔道が好きなので、柔道をやる上で環境を作ることが大事だから。本当に今のままでは、夢がない」


■松本人志の一言に共鳴

 

 「素人に圧倒的な力の差を見せつけることやと思います」

 リオ五輪前、たまたま見ていたNHK番組「プロフェッショナル」で、ある共鳴に出会った。プロフェッショナルとは? その恒例の質問にそう答えていたのはお笑い芸人の松本人志だった。くしくも金メダルを取るために大野が掲げてきたことも同じだった。

 「ずっと『圧倒的な差をつけていく』と言ってきました。自分が10のうちの1しか出せない、そして相手が10の力を出してきた。それでも勝てるために」

 実際に本番では圧巻の出来だった。「今、振り返ると50%の力も出せていなかった」というブラジルでの戦いだが、5試合中4本で一本勝ち。決まり技もすべて異なり、豪快に華麗に投げ続けた。「持って投げる」という日本柔道を体現した姿には、海外からも称賛された。そして、「圧倒的」だったのは決勝後の所作にもあった。一本勝ちで優勝を決めた直後にガッツポーズもなし。深く礼をし、畳を下りた。その精神性に、より強さが際立った。「強く、美しい」。そう形容された。

 「松本さんの言葉は印象的でしたけど、結局1つのことを追求して極めていく人はやっぱり強いし美しいというのは間違いなくある。僕はもっとそうなっていきたい。スポーツ界のシンボルになるには、まずは勝ち続けることが最低条件。身近な理想で言えば、(天理大の先輩の)野村忠宏さん、(柔道男子の)井上康生監督。金メダリストとして勝つ内容も伴わないといけない。『野村忠宏は背負い投げ』『井上康生は内股』と代名詞があったように。僕は正統派を突き進む。その上で柔道界をもっともっと引き上げ、盛り上げていく」


■「畳の上以外でも戦う」


 1つの壁も壊したい。

 「日本ではどうしても重量級の選手に注目が集まる。世界的にも重量級は絶対王者を作れるが、軽量級、中量級で勝ち続けることは難しい。その中で自分は挑戦したい。そういう領域にいくことで柔道を知らない選手からも魅力を感じる選手になる。誰もが知っている柔道家、『大野将平、本当に強い』と思われるように。畳の上以外でも戦っていくことはあるけど、僕はやりますよ。それが使命だと思っているから」


 ◆大野将平(おおの・しょうへい) 1992年(平4)2月3日、山口県生まれ。東京・弦巻中―世田谷学園高と柔道の私塾「講道学舎」で腕を磨き、天理大に進学。14年に旭化成入社。11年世界ジュニアを制し、12年GS東京で優勝して頭角を現す。世界選手権は13、15年優勝。得意技は大外刈り、内股。たたずまいと豪快な投げ技から海外では「キラー」「サムライ」と呼ばれる。家族は両親と兄。170センチ。


■黙っていては盛り上がらない

 「柔道は日本発祥だから、黙っていても東京五輪は盛り上がる」。それが大方の想定かもしれないが、一概に言い切れないと思っている。これからの4年、世間の興味は多様になる。各競技には開催国枠があり、出場選手も増えるからだ。その分、1競技に寄せられる関心は分散する。柔道界が従来通りならば、安泰ではない。

 競技団体において、「見せ方」を意識しているかいないかは歴然な差となっていくだろう。ある意味で競技同士はライバル。いかに選手をアピールしていくかという視点がなく、金メダリストがいるだけでは争いに負ける。例えば大会の運営1つ取っても、いかに観客に面白さを訴えるかという視点は必須だ。「質実剛健」が魅力の柔道だが、試合会場では照明を使うようなショーアップなどがあっても良いと思う。

 そう感じていたからこそ、大野の危機感はうなずけた。選手自身が問題点を感じ、動き、自らをプロデュースしていくこと。それに先駆け、または付帯して競技団体も動く。それが今後4年間でできれば、柔道の魅力を伝える方策、機会も増えるだろう。

 1つ、今の柔道界を象徴する現実がある。リオデジャネイロ五輪のメダリストでも支給される柔道着は2枚。それ以上必要ならば購入する必要がある。それではまさに「夢」がない。地位向上のためには、さまざまな壁があるが、打破してほしい。(取材後記)

(2016年11月16日付本紙掲載)

【注】年齢、記録などは本紙掲載時。