20年東京五輪のゴルフ会場となる埼玉・霞ケ関CC東コース(C)は15年10月から約1年間かけた改修で生まれ変わった。国際ゴルフ連盟(IGF)からの要請を受け、距離を延長するなど難度の高いコースに変貌。改修後初の本格的な大会となった8月の日本ジュニア選手権でベールを脱いだ。松山英樹(25)と石川遼(26)の“お墨付き”を得た世界基準のコースを紹介する。【取材・構成=藤中栄二】

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 五輪仕様の新コースがベールを脱いだ。8月16~18日の日本ジュニア選手権で高校男子(15~17歳の部)がプレー。2年前の大会では10人いたアンダーパーが1人、通算7アンダーだった優勝スコアは1アンダーにとどまった。改修前より難易度は高く、選手からは「こんなに長いコースは人生で初めて」「バンカーが広く難しい」「2打目が遠い」などと声が上がった。

 米ツアーを主戦場とする松山、石川も既に新コースでラウンドした。霞ケ関CCの今泉博総支配人によると、4月にプレーした松山は「ボクの距離だとバンカーが入り込んでしまう。ダスティン・ジョンソン(世界ランク1位、米国)だと越えちゃう」と、位置の変わったバンカーに“苦戦”。初ラウンドのスコアはイーブンパー前後だったという。今夏、埼玉・浦和高3年の弟航と一緒に回った石川は「これでグリーンが硬くなって(転がる)スピードが出ると、かなり難易度が高いコースになるのではないですか」と、“世界基準”に変身したコースを高く評価していたという。

 松山と石川の“お墨付き”を得た新コースの主な改修ポイントは4つある。

 (1)IGFの要請で距離とグリーンが様変わり

 総距離が6982ヤードから484ヤード延び、7466ヤードとなった。4月のメジャー第1戦マスターズの開催コース、オーガスタ・ナショナルGCの総距離(7445ヤード)とほぼ同じ。各ホールに2つずつあったグリーンは1つに統一され、広さは600平方メートルと、国内の主要コースの平均(400~500平方メートル)より大きくなった。起伏や傾斜で、ピン位置によって難易度が増すように改修された。

 (2)米国の世界的設計家のトム・ファジオ氏と息子ローガン氏に依頼

 ファジオ氏は02年のオーガスタ・ナショナルGCの改修を手がけた巨匠だ。「コースの林帯は絵画で言えば額縁。その中のフェアウエーやバンカーで変化をつけたい」がコンセプト。景観を支える赤松はそのまま残し、フェアウエーに起伏をつけた。バンカーの数は減らしたが、各ホールの約300ヤード地点にバンカーを配置。グリーン周辺に深くて大きいバンカーもあり、正確なアイアンショットが要求されるようになった。

 (3)モンスターホール(500ヤードのパー4)とチャンスホール(306ヤードのパー4)の設定

 9番は554ヤードのパー5から、521ヤードのパー4という高難度の“モンスターホール”に変わり、8月の日本ジュニア選手権では難易度1位のホールとなった。18番パー4は472ヤードから500ヤードに延び、難易度2位のホールに。逆に17番パー4は356ヤードから343ヤードに短くなり、ティー位置の変更で306ヤードになる仕掛けがあり、イーグルが狙える“チャンスホール”となった。

 (4)芝生とバンカーの砂も一級品

 東コースの芝は10万平方メートルを全面的に張り替えた。グリーンの芝は最新のベント「007」(ダブルオーセブン)を使用。高温多湿な日本に適応するとされ、テストを繰り返した末に採用した。バンカーの砂は目玉ができにくいとされる静岡・天竜川から取り寄せたきめ細かい乾燥砂。ラフには細葉コウライという高麗芝に張り替え、8ミリ程度まで刈り込むことが可能。今泉総支配人は「段階的な長さのラフにできることでフェアウエー以外に変化をつけられる」と言う。

 霞ケ関CCは1929年(昭4)創設。57年開催のカナダカップ(現在のW杯)で日本チームが優勝し、全国のゴルフ熱が一気に高まるなど、競技隆盛の起点と言える名門だ。東京五輪の会場になったこととは関係なく、もともとクラブ会員のために改修が決まっていたため、改修費用は全額負担(金額は非公表)する。今泉総支配人は「あと1~2年経過するとコースは、かなり良くなると思いますね」と手応えを口にする。3年後、世界のトップゴルファーが金メダルを争うにふさわしい舞台へと成熟しているに違いない。


<霞ケ関CCガイド>

 ◆創設 1929年(昭4)に埼玉県霞ケ関村(現川越市)に創設。当初の会員数は310人。東Cは同年に完成。32年に西Cができ、36ホールを持つ日本初のコースとなる。現在の会員数は約1800人。

 ◆歴史 57年にカナダカップ(現W杯)第5回大会を東Cで開催。日本チーム(中村寅吉、小野光一)が優勝し、ゴルフブームに火が付く。日本オープンを4度(33年東C、56年西C、95年東C、06年西C)、日本女子オープンを1度(99年東C)開催。10年のアジアアマチュア選手権(西C)で松山英樹が優勝し、初のマスターズ出場権獲得。

 ◆女性正会員容認 今年、国際オリンピック委員会要請を受け、内部規約の変更を検討。3月の理事会で「五輪とは関係なく、時代の流れに沿った」と、内部規約を変更、女性正会員を容認した。

 ◆アクセス JR川越線笠幡駅から徒歩15分。西武新宿線の狭山市駅、東武東上線の鶴ケ島駅からタクシーで15分。埼玉県川越市大字笠幡3398。


<安全対策:22万坪に3mの壁>

 IGFと五輪組織委員会は頻繁に霞ケ関CCを訪問、準備を進めている。

 五輪開催時には1日約2万5000人の観客の入場を想定。熱中症対策や雷雲接近時の避難場所などの対策を練っている。各ホールごとに救護施設を設置。冷房設備のある屋根付きの建物で、暑さや悪天候に備えるという。現在のクラブハウスは五輪の大会本部や組織委などが使用し、練習場はメディアセンターとなる。西コースの1、18番は練習場。2000席程度の観客席は、1、18番と練習場周辺に設置する計画だ。

 五輪期間中にはコース管理のために80~100人程度のスタッフが必要で、運営のボランティアは数百人規模になる。また、セキュリティー対策のため、22万坪のコース全体を3メートルの高さのフェンスで囲わなければならないという。監視カメラの設置も必要だ。

 五輪前年の19年に開催するプレ五輪で万全を期す。