20年東京五輪を経て医師の道へ-。ともに東京五輪を最後に現役を引退し、医師を目指すことを公言している、ラグビー日本代表WTB福岡堅樹(26=パナソニック)と柔道世界選手権女子78キロ超級代表の朝比奈沙羅(21=パーク24)の豪華対談が実現した。医学部受験のため競技人生も残り2年。五輪と医師。世界と戦いながら同じ夢を追うトップアスリート2人に迫った。【取材・構成=峯岸佑樹、奥山将志】


笑顔で朝比奈(左)を背負う福岡(撮影・垰建太)
笑顔で朝比奈(左)を背負う福岡(撮影・垰建太)

今夏、ラグビー好きの朝比奈が群馬県太田市のパナソニックグラウンドを初めて訪れた。すぐに自前の一眼レフカメラを取り出し、気温33度の中で練習する選手たちに向け、熱心にシャッターを切った。クラブハウスの応接室で尊敬する福岡を待っていると、緊張と興奮が抑えきれない。体を小さくして、手まで汗をかいていた。畳の上では見せない乙女心ものぞかせ「目を合わせられないかも…」と何度もつぶやいた。約1時間の対談で、同じ夢を追う2人は徐々に打ち解けていった。

医師を目指すきっかけは家系とけがの影響が大きかった。

福岡 祖父が内科医で父が歯科医。幼少期から人間的な憧れで漠然と医者になりたかったです。(高2で膝を手術して)お世話になった先生への憧れもさらに思いを強くしました。

朝比奈 自分も父が麻酔科医で母が歯科医です。小さい頃から医療に触れる機会が多々あり、けがも多く医療が身近だったことが大きいです。

福岡 似てますね。専攻したい分野は決まっていますか? 自分はアスリート目線は生かしたいので、整形やスポーツ整形などが一番らしさが出せるかなと思っています。

朝比奈 整形外科や子ども好きなので小児科にも興味があります。ただ、やってみないと分からないので、研修医として働かせてもらった上で、将来的に決められたら良い。

競技をしながら狭き門の医学部に進むのは容易ではない。

福岡 高校時代は金銭面も考慮し、国公立でラグビーの強豪と考えた結果、筑波大(医学群)を目指しました。現役と浪人時代に受験しましたが、ダメでしたね。現役の時はセンター試験が8割程度で絶対に無理。記念受験でした。浪人時代は約9割でB判定でしたが、2次試験で数学をミスってしまって。後期試験で(筑波大)情報学群に入りました。

朝比奈 レ、レベルが違う…。自分は東海大(医学部)を受験して落ちました。その時はリオデジャネイロ五輪を目指していたから浪人せずに、東海大体育学部に入りました。今年は(医学部への学士編入試験の)受験生もしているので、難しさを痛感しています。もし、合格していたらどうしましたか?

福岡 間違いなくここにはいないですね。そういった意味では良かったし、人生何があるか分からない。両立を目指して結局、二兎(にと)を追うことは出来なかったため自分は一兎ずつ。医師は早く見積もっても35歳ぐらいで、医学はそこからでも取り返せるけどラグビーは違います。

朝比奈 自分はまだまだで、この場にいることが恐縮です。受験が簡単ではないことは十分、理解しています。

ともに東京五輪で競技人生の終止符を打つと決め、世界で戦っている。

福岡 19年W杯、20年東京五輪とたまたま日本開催。そこに巡り合えて、ピーク時期にそれだけ大きな目標があれば挑戦したいです。完全燃焼して、少し惜しまれながら引退するぐらいでちょうど良いですね(笑い)。

朝比奈 東京生まれ、東京育ちで、地元開催は生きてるうちにはないかもしれないし、引退するなら挑戦した方が後々、後悔しない。金メダルを取って、24歳で引退するのが自分の柔道人生を謳歌(おうか)する形だと思っています。

勉強は空き時間を有効活用する。

福岡 勉強は基礎のみで受験や入学後に使う内容を1日1時間ぐらい。遠征先でも通信授業を使って、数学、英語、物理、化学、生物を勉強しています。ただ、20年までは競技優先と決めています。

朝比奈 1日1・5~2時間の勉強と春から予備校に週1日通っています。今年は学士編入試験に絞っているため、試験で使う英語と小論文の授業を受けています。

福岡 大変ですね。朝比奈選手は競技と予備校通いだと、毎日が時間との闘いですね。自由時間はほとんどない生活ですか?

朝比奈 休日は日曜だけで、ラグビー観戦に使っています(笑い)。

福岡 貴重な休日をすみません(笑い)。両立だと空いた時間の使い方が大事ですよね。自分は勉強を義務と思うと続かない。本当に疲れていて無理な場合はやらない。継続のために自分がやる気になった時にやります。

朝比奈 自分は1個しか見えないとそこしか見えなくなるタイプなので、柔道と勉強を同時進行することで柔道の気晴らしが勉強になったりしています。

同じアスリートとして、朝比奈は福岡のプレーにもすごみを感じている。

朝比奈 勉強はもちろんですが、ラグビーではボールをもらった時に迷ったりすることが多い中、福岡選手は抜き切る。直感なのか、選択するスピードがすごい。頭の回転と決断力が速いなと。私も大好きなラグビーから何か柔道に生かせないかと考えています。

福岡 アスリートならではの視点ですね。瞬間瞬間の勝負は意識していますが自分には選択肢がない。マルチな選手でもないので、スピードでチャンスを作り出すことに特化して考えています。だから迷いがないのかもしれないし、自分の仕事はそこだと思っています。

日本のトップアスリートで医師を目指す人は極めて珍しい。

福岡 欧米に比べて日本はそこが遅れています。前例がないから諦める人もいるかもしれませんが、自分たちが道を切り開いていければ良い。先駆者になるチャンスですね。

朝比奈 ポジティブな考えで素晴らしいです。一時期、医療関係者からは「医学をなめるな」、柔道関係者からは「五輪を狙える力があるのに目移りするのか」など批判されて悲しいことがありました。競技は違えど福岡選手のような同じ道を目指している同志がいるのは本当に心強いです。

明日20日で、19年ラグビーW杯日本大会の開幕まで残り1年となる。

福岡 15人制の代表はそこまでと決めている。1つの集大成を見せて、その後は7人制の代表に呼ばれるように準備したいです。

朝比奈 開幕戦(9月20日、味スタ)のチケットが当たりました!! 絶対に行きますね。

福岡 当たったんですか!? 両親も応募しまくったんですが、ダメだったんです。持ってますね。

ラグビーは先月、トップリーグが開幕。柔道は20日からアゼルバイジャンで世界選手権が始まる。

福岡 今年はパナソニックが創業100周年でどうしても勝ちたい。昨季準優勝でチームが勝つためのプレーに徹したいです。世界選手権に向けて順調ですか?

朝比奈 昨年は準優勝で涙して、今年はリベンジです。二兎を追ってる分、結果を残すことがより重要ですし、自分の極限を目指したいです。

朝比奈は対談後の撮影で持参したラグビーシューズを履いて、福岡とパス回しなどをしながらラグビー談議に花を咲かせた。最後は互いに「東京五輪で会いましょう」とがっちり握手し、2年後の“再会”を誓った。


持参したラグビーシューズを履き、福岡(左)のタックルをかわす朝比奈(撮影・垰建太)
持参したラグビーシューズを履き、福岡(左)のタックルをかわす朝比奈(撮影・垰建太)

◆福岡堅樹(ふくおか・けんき)1992年(平4)9月7日、福岡県生まれ。5歳でラグビーを始め、福岡高3年時に花園出場。筑波大では2度の大学選手権準優勝に貢献した。16年にパナソニックに加入。リオ五輪7人制代表にも選出。世界に通用する快足を武器に、日本代表27キャップ。特技はピアノ。趣味はコーヒーを飲むこと。175センチ、83キロ。

◆朝比奈沙羅(あさひな・さら)1996年(平8)10月22日、東京都生まれ。7歳で柔道を始める。東京・渋谷教育渋谷高2年で13年講道館杯を制してから女子初の4連覇。17年世界無差別選手権金メダル、同世界選手権銀メダル。18年4月に柔道界初の学生でありながらパーク24に所属。世界ランキング3位。得意技は払い腰。趣味はヒップホップダンス。176センチ、135キロ。


◆医師になるまで◆ 大学の医学部で6年間の教育を受け、医師国家試験に合格し、さらに2年以上研修医として経験を積む必要がある。国家試験の合格率は90%だが、大学の入学試験が難関で、偏差値は65を超える学校が多い。倍率も高く、私大では20~30倍の狭き門となっている。私大は学費も高額で、6年間で2000万~4000万円程度、医大はそれ以上が必要とされる。