春雨の夜、聖火がともるトーチを手に104歳の現役理容師の女性が“完走”した。3月28日、栃木県内での聖火リレー。県内最高齢ランナーとして大役を終えた箱石シツイさんにその後、改めて心境を尋ねると、「責任を果たせてほっとしています」。元気な声が響いた。

1年近く前にも、仕切り直しとなった聖火リレーを待つ走者として、彼女に話を聞かせてもらった。コロナ禍でのオンライン取材。長寿の源は自ら考案した健康体操で、聖火走者に決まってからは、トーチと同じ重さ1・2キロの棒を持って連日特訓。延期決定時は1日だけ落ち込んだものの、「ひと晩寝たらすっきりした」と快活に話していた。

その後、感染症拡大の影響で辞退者が相次ぐ中でも、聖火ランナーをやめることは「一切考えなかった」。リレー当日は朝からあいにくの空模様。大正5年生まれの走者の出番がきた午後8時ごろ、冷たい雨はひときわ強くなっていた。それでも伴走した息子の英政さん(77)と、200メートルの区間をゆっくり駆け抜けた。

雨中の晴れやかな思い出。聖火走者に選んでもらい良かったと家族もまず振り返っていた。ただ、話を聞くうちに、運営面で改善点を感じた。用意された雨かっぱは138センチと小柄な彼女に大きすぎた。引きずって転倒してしまうことを懸念した英政さんは、組織委から派遣されているとおぼしき係員にその旨を伝えたが、まともに取り合ってもらえなかったとこぼす。そうした中で助けになってくれたのが周囲にいたボランティアで、「『これでは歩けない』と声を上げてくれ、ハサミを探してきてくれた」。家族はボランティアの機転に感謝していたが、そもそも最初に相談を受けた関係者の対応に疑問符が付く。

防寒用に持参したシツイさんの白いセーターは、首部分がユニホームから出てしまうことを理由に着用を拒まれた。着替えが入ったかばんを持つ家族の移動手段が確保されていなかったことにも困惑したという。開会式まで続く聖火リレーには、高齢ランナーも少なからず含まれているだろう。参加者のこうした声は今後に生かされて欲しい。

リレー直後、親族に不幸があり、1週間ほど心に穴があいた状態だったシツイさんだが「立ち直ってきました」。商売道具のハサミを再び持ち、つなげた聖火が国立競技場に到着する日を待っている。【五輪担当 奥岡幹浩】