今週の「東京五輪がやってくる」は、「あなたの知らない世界」を紹介する。第1回は、階級制競技の過酷な減量について。16年リオデジャネイロオリンピック(五輪)柔道男子60キロ級銅メダルで東京五輪代表の高藤直寿(27=パーク24)は、独自の減量法で最終調整を続ける。トップアスリートの失敗しない減量の極意とは-。中2から60キロ級で活躍する実力者は、試行錯誤を繰り返して最善策を見いだした。

昨年12月に体重を60キロまで落とした高藤直寿(パーク24提供)
昨年12月に体重を60キロまで落とした高藤直寿(パーク24提供)

高藤が進化に自信を見せている。今月上旬、1年2カ月ぶりの実戦となったアジア・オセアニア選手権(キルギス)を優勝で締めくくった。オリンピック(五輪)前の最終戦を終えて「この1年間の積み上げは間違っていなかった。残り3カ月はやり残しがないように、人生をかけて死に物狂いで準備する」と決意を示した。

95日後に迫る大勝負に向け、コンディションを左右するのが減量だ。最も過酷な最軽量級で15年間トップに君臨する27歳は、17年12月のグランドスラム(GS)東京大会決勝で全身がつるアクシデントに見舞われた。体に負荷をかける急激な減量に原因があった。これを機に、東海大の先輩の羽賀龍之介(29=旭化成)に栄養士を紹介してもらい、18年1月から助言を受けている。3年間計測したデータを参考に、試行錯誤を重ね、自身に適した減量法を編み出した。

本格的な減量は、試合1カ月前から始める。それまでに通常69キロ前後ある体重を、下地とする64キロまで落とし「ガチガチの減量」を開始。1日3回の食事の栄養管理を徹底し、心身の負担を軽減するために1週間1キロ目安で落とす。早く落としても、パフォーマンス低下が懸念されるため62キロ程度で現地入り。最終調整後、ホテルの湯船などで発汗して50グラム単位で水分調整し、試合前日の計量を59・7~59・9キロでパスする。

これが高藤流の減量で、ポイントは3点ある。

(1)食事のメリハリ 通常は制限なく好きな物を食べる分、減量期に入ると「減量=仕事」と割り切って前向きに励む。ご飯の量を減らして野菜を増やし、おかずも薄く味付けする。大好きなジュースもNG。試合数日前のご飯の量は500円玉サイズになり、フルーツなどで調整する。

(2)ストレスをためない 減量初期が最も空腹になり、満腹感を得るものを工夫して食べる。朝食は栄養価が高く、胃に優しいオートミールをおかゆ風に。好みでグラノーラやツナ缶、ホットミルクなどを加える。昼食は元柔道家の妻が考案した、糖質オフ麺など使った減量めし「高藤丼」を口にする。我慢の限界を超えたら食事制限なしのチートデーを作り、その分体を動かす。

(3)目標設定 「大会で優勝して、帰りに○○(店名)のステーキを絶対に食べる」などと最終ゴールを決める。精神面の支えとなり、大きなモチベーションになる。特に国際大会の往路の機内は「地獄」で、食事の際は寝たふりやゲームでごまかしながら「帰りは腹いっぱい食べてやる」と自身に言い聞かせる。

 
 

昨年12月には試合がないのにあえて60キロに落とした。コロナ禍で五輪が1年延期となり、試合勘と同様に減量の感覚を取り戻すためだった。全ては五輪で夢をかなえるため-。1年前に吉田秀彦総監督(51)からもらった手作りの金メダルを“本物”に変えることを誓う。

「リオ五輪の時よりも確実に強くなっている。吉田監督には『五輪で金メダルを獲得したら本物だ』と何度も言われているので、心技体全てにおいてもう1段上げて7月24日を迎えたい。五輪の借りは五輪で返す」

己の体と向き合う27歳の柔道家は、万全の準備を整えてリベンジの夏を迎える。【峯岸佑樹】


<自ら考えさせ食生活向上へ>

森永製菓トレーニングラボ(東京・港区)のアドバイザーで公認スポーツ栄養士の清野隼さん(35)が、高藤直寿の減量をサポートする。

大会7週間前から週1日を目安に胸囲や大腿(だいたい)囲、皮下脂肪の厚さなどを細かく測定。試合日から逆算して計画を立て、毎週の目標値を設定する。清野さんは感覚を大事にする高藤の性格を理解し、行動を押しつけるのではなく、注意点のみを伝え自律支援に徹している。それが自ら考える力を伸ばし、体重変化に応じた食行動の向上につながっている。

普段は筑波大体育系助教を務める陰の立役者は「年齢を重ねても、減量期間で体重がスッと落ちるのは高藤選手のトレーニングのたまもの。目標達成に向けたお手伝いができればと思います」と、金メダル獲得を期待した。

高藤直寿の減量をサポートする清野隼さん(撮影・峯岸佑樹)
高藤直寿の減量をサポートする清野隼さん(撮影・峯岸佑樹)

◆柔道の計量 公式計量は試合前日に実施。30分前に仮計量があり、本番と同じ体重計に乗れる。試合当日に大幅な体重増の選手が多いため、無造作に選ばれた選手は当日計量も行う。規定体重の5%を超えると失格。60キロ級なら63キロ以内。服装は男子が下穿きのみ、女子が下穿きとTシャツを着用。全日本柔道連盟は国際大会の計量で失格した選手には、強化指定除外の罰則を科している。

◆高藤直寿(たかとう・なおひさ)1993年(平5)5月30日、埼玉県生まれ。栃木県で育ち、神奈川・東海大相模中、高-東海大-パーク24。11年世界ジュニア選手権制覇。13、17、18年世界選手権優勝。16年リオ五輪銅メダル。世界ランク4位。左組み。得意技は小内刈り。趣味はゲーム。好きな食べ物はラーメン。家族は妻、長男、長女。160センチ。


<レスリング高谷は慣例打破 8キロ以上は階級アップ>

減量がつきものの競技に挑む選手は、試合直前の過酷さを当たり前と捉える傾向は根強いが、レスリング界ではその慣例打破を掲げる選手がいる。男子フリースタイル86キロ級の高谷惣亮(32=ALSOK)は「体重の4%を超えると体にダメージが残る。8キロ以上は階級を上げた方が良い」と中高生に助言を続けている。

高谷惣亮の74キロ級当時の肉体。約10キロの減量が必要だった
高谷惣亮の74キロ級当時の肉体。約10キロの減量が必要だった

体験談がある。12年ロンドン、16年リオデジャネイロの2回の五輪は74キロ級で戦った。最大減量幅は10キロ。めまい、手に力が入らないなどの症状の経験がある。そして何より「体重を落とすために、休むことが恐怖になる」。精神面のダメージが大きかったという。

18年1月から国際連盟が計量を前日から当日に変えた。従来は前日からの体重の戻し幅が勝負の分かれ目だったが、短時間ではもう戻せない。転機になった。「10キロ減らすので、戻らないですよね。それでは戦えない」。階級を上げた。

すると故障もしなくなった。効用を感じるからこそ、いまは「自分が勝てば、ナチュラルに近い階級でも勝てると思ってもらえる」と使命感がある。4月上旬のアジア予選では57キロ級の樋口黎が計量オーバーで失格になる姿も目の当たりにした。自身は準決勝に惜敗し、5月の世界最終予選に3度目の五輪をかける。【阿部健吾】


(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「東京五輪がやってくる」)