「ライバルからのエール」第2回は競泳女子の清水咲子(29=ミキハウス)。400メートル個人メドレーで2大会連続オリンピック(五輪)を狙ったが、4月の日本選手権3位。五輪切符の2位までわずか0秒21差だった。練習仲間で優勝した大橋悠依(25=イトマン東進)と一緒に東京五輪にいく夢はかなわず、引退を決断した。五輪でメダルを目指す大橋に向けては「自分を信じて!」とエールを送った。【取材・構成=益田一弘】

20年10月、日本短水路選手権の女子200メートル個人メドレー決勝で日本新記録で優勝した大橋悠依を祝福する清水咲子(左)
20年10月、日本短水路選手権の女子200メートル個人メドレー決勝で日本新記録で優勝した大橋悠依を祝福する清水咲子(左)

電光掲示板がよく見えなかった。清水はゴールして結果を確認した。「ゴーグルが食い込んで、それを外すと視界がぼやけた。5コースなのに3コース(2位谷川)の記録を見ていた」。4コースの大橋に「さっこさん」と泣き顔で抱き締められて、自分の落選を悟った。「うそでしょ…。まじか」と涙があふれた。

表彰式までのわずかな時間。髪をふきながら引退を決めた。「今まで負けてない相手にここで負ける? ああ、ここはきっとやめ時なんだ」。大泣きする大橋を「頑張ってね」と励まし、2位谷川も「おめでとう」と祝福。2人をふわりと抱き締めた。「ショックだったけど、無意識にそうしていた。自分でも余裕はないのに」と振り返った。

笑顔を見せる元競泳選手の清水咲子さん(撮影・河野匠)
笑顔を見せる元競泳選手の清水咲子さん(撮影・河野匠)

五輪を区切りに引退を考えていた。1発勝負の代表選考会で、自分の泳ぎだけに集中。2位となる谷川に意識はなかった。「(谷川は)招集所で前のレースの仲間を応援して、きゃぴきゃぴしていた。『集中できてないのかな』と」。

決勝は大橋を追った。大橋を挟んだ3コース谷川は見えていない。自己記録を1秒59も更新した17歳にラスト5メートルで逆転された。0秒21差。200メートル平泳ぎは残っていたが、水泳人生をかけた種目は終わった。

夢破れた夜、寝られなかった。ふいにたわいのないやりとりが頭に浮かんだ。コロナ禍で無観客、応援の声も出せない。大会前に平井コーチが「大漁旗を作って、それを振りたい」と言い出した。選手に「先生は水連の人でしょ」と却下されると「おれはさみしいよ」としょんぼり。代案として「悠依ちゃん(大橋)ジャニオタだし、うちわにしようよ」と決まった。

ただ、真剣勝負の前にうちわを作る余裕は誰にもない。清水は「うちわの話があったなあ」と思い出した。そのまま午前2時まで6人分を作った。翌日から観客席でキラキラのうちわを振って、仲間を応援した。

清水咲子さんがつくった仲間を応援するうちわ。右上から時計回りに萩野公介、青木玲緒樹、大橋悠依、小堀勇気、白井璃緒、酒井夏海
清水咲子さんがつくった仲間を応援するうちわ。右上から時計回りに萩野公介、青木玲緒樹、大橋悠依、小堀勇気、白井璃緒、酒井夏海

引退は、200メートル平泳ぎ準決勝を終えて平井コーチに伝えた。「明日で最後にします」「分かった」。決勝は5位。それがラストレースになった。2種目で代表の大橋は「さっこさんがいたから、続けてこられた」と、また泣いてくれた。

清水は、コロナ禍に伴う五輪補欠選手に選ばれたが、辞退した。「日本選手権が最後になるなんて思ってなかった。でも、ずるずるやらないと決めていた。今は、ぽっかり空いた時間を過ごしています」。

自身のモットーを書いた色紙を手にする元競泳選手の清水咲子さん(撮影・河野匠)
自身のモットーを書いた色紙を手にする元競泳選手の清水咲子さん(撮影・河野匠)

選考会後は1度もプールに入っていない。水着も、あるイベントでさらりと触れただけだ。「未練はないです。あの日、あの瞬間で出さなきゃいけない力は全部出した。恋しいとすれば、チームで、みんなで、目標に向かって進む、それが今後の人生にない。それが寂しいのかな」。

昨秋から平井コーチのチームで練習を始めた。「五輪前の大事な時期に迎え入れてくれた」。大橋とは苦しい練習を一緒に乗り越えてきた。今でもレースを見て、気付いたことを伝える。初五輪に向かうちょっぴり繊細な大橋に向け「自分を信じて!!」と書いた。

色紙を書く元競泳選手の清水咲子さん(撮影・河野匠)
色紙を書く元競泳選手の清水咲子さん(撮影・河野匠)
応援メッセージを手に大橋悠依へ声援をおくる元競泳選手の清水咲子さん(撮影・河野匠)
応援メッセージを手に大橋悠依へ声援をおくる元競泳選手の清水咲子さん(撮影・河野匠)

「ほしいメダルの色は決めていると思うけど、最優先にならないで。私は五輪を経験して、自分を信じて、自分のレースができて、なんて素晴らしいことが自分にできたんだろうと思えた。リオ五輪の準決勝で自己ベストを、日本新(当時4分34秒66)を出せた。自分をほめてあげたくなった。悠依も自分がやってきたことだけを信じて、自分の体と心だけを信じて。1メートルから400メートルまで『ミスはなかったです』といえるように。それが私の願いです」


■日本選手権女子400メートル個人メドレーVTR

戦前の予想は大橋、清水の2強の争いで、派遣標準記録4分38秒53。予選は大橋1位、清水2位、谷川3位。清水は決勝で大橋を追う展開。得意の平泳ぎを終えて、3位谷川に1秒51差、残り50メートルでも1秒16差。だが自由形で猛烈な追い上げを受け、残り5メートルで逆転された。4分38秒11は派遣標準記録をクリアしていたが、3位で代表2枠に入れず落選した。


◆清水咲子(しみず・さきこ)1992年(平4)4月20日、栃木県生まれ。作新学院高-日体大-ミキハウス。本職は400メートル個人メドレー。14年日本選手権初優勝。16年リオデジャネイロ五輪は準決勝で日本新の4分34秒66をマーク。決勝に進出して8位入賞。17年世界選手権は5位に入った。4月の日本選手権3位で東京五輪を逃し現役引退。今後は指導者などで、水泳に携わる道を模索。156センチ、51キロ。

(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「東京五輪がやってくる」)