代表内定していた仲喜嗣氏が死去したことに伴い空席となっていたW1(車いす)男子個人は、大山晃司(29=警視庁)が射止めた。

悩まされる悪天候にもめげず唯一同部門に出場し、初のパラリンピック代表の座をつかんだ。親子ほど歳の離れた仲氏について、大山は「あの人がいたから緊張感を持っていつも競技ができていた」。突然の訃報を知り「競技を切り開いてくれた存在だったので、仲さんが亡くなったのはとても残念でした。できることなら仲さんと一緒にメダルを目指したかった」と良きライバルの存在を振り返った。

幼い頃から身体を動かすことが好きだった。サッカー日韓ワールドカップ(W杯)でゴールマウスを守るオリバー・カーン氏の姿に憧れ、中高とサッカー部に所属。ゴールキーパーを経験し、「何事にもあきらめない気持ちを教わった」と振り返る。

専修大に進学後は体操部に所属した。2012年9月に床運動で着地を失敗して、頭から落下した。首から下の自由を失った。車いす生活を余儀なくされても、運動は続けたかった。車いすラグビーやピラティスなどに挑戦した後、16年に初めてパラアーチェリーに出会った。当初はリハビリの一環だったが、翌年には記録会に出るほど打ち込んだ。競技を始めてからわずか5年でパラリンピック代表の座をつかんだ。

16年から入庁した警視庁で仕事を続けながら、競技に励んでいる。大会成績を日頃から気に懸けてくれるなど応援する同僚たちの存在に感謝し、29歳は「決勝の舞台を目指したい」と力強く語っていた。【平山連】