北朝鮮の三池淵(サムジヨン)管弦楽団のソウル公演が行われた11日は、公演後も遅くまで周辺で取材していたため、取材の拠点を置く江陵(カンヌン)に帰ることが出来なくなった。それで急きょ、仁川(インチョン)で宿を取り、1泊することになった。

 仁川は、アジア最大級のハブ(拠点)空港・仁川空港で、その名を知っている人もいると思う。ただ街自体は、現在も開発が進むソウルのベッドタウンで、明洞や東大門とは違い、日本人観光客は、ほぼ足を運ぶことがないという。

 夕飯も食べずに取材を続けたまま、深夜になってしまった。腹が空いたので、軽く麺類でも…と思い、入ったのが韓国のうどん屋さんだった。注文すると、灰色がかった汁のうどんが出てきた。食べてみると、どこかで食べたような味が…。繰り返し、食べては味を確認するうちに、ふと頭にイメージが浮かんだ。

 「汁粉だ」

 テーブルには砂糖が置いてあり、かけて食べるように言われた。かけると、ますます汁粉だ。分かりやすく説明するなら、汁粉のもちを、うどんに替えた感じ、と言うのが正しいだろう。うどんの名前は「パッカルクス」。小豆を煮て作る、日本のぜんざいの甘みを軽くした汁に、うどんを入れたものだ。

 サッカー担当として日本代表を追いかけていた2005年に、韓国で行われた東アジア選手権(現東アジアE-1選手権)を取材した。その際、試合が行われた温泉の名所・大田で、カキうどんを食べたことがある。代表が初戦の北朝鮮戦でいいところなく0-1で敗れ、ジーコ監督が激怒し、第2戦の中国戦を前にした練習で、滝のような雨が降る中、スタメンを総入れ替えするという、日本代表サッカー史に残る“事件”が起きた。その取材に奔走し、疲れた心身を癒やしてくれたうまさは、今でも覚えている。

 その記憶があったので、うどん屋さんに入ったら、出てきたのは“汁粉うどん”。イメージしたうどんとは違ったが、フィギュアスケート男子の羽生結弦(23=ANA)が仁川空港に到着したところを直撃し、その足でソウルに移動し、三池淵管弦楽団への韓国民のデモを取材するなど終日、走り続けた体に、甘さがしみた。うどんが甘いことに、抵抗を感じる人もいるかも知れない。でも、甘味が好きな人は結構、いけるのではないか?

 海外に取材に行くと、日本人がめったに足を運ばない、地元民しかいないような飲食店を探して、行くようにしている。その土地の本当の味を知りたいからだ。パッカルクスも、僕の記憶に残る1品になりそうだ。【村上幸将】