女子史上初の五輪4連覇を目指して、レスリング女子58キロ級の伊調馨(32=ALSOK)がリオのマットに上がる。過去多くの選手が挑戦し、はね返されてきた大記録。前人未到の偉業に、世界が注目する。今年1月、13年ぶりの黒星を喫して芽生えた「勝つこと」へのこだわり。吉田沙保里(33)とともに女子レスリングを引っ張ってきた「最強女王」が、内容と結果を求めて戦う。

 伊調は毎朝、タンスの上に置かれた母トシさん(享年65)の遺影に向かう。14年11月に亡くなった母の横には、今年1月のヤリギン国際大会で手にした銀メダル。「負けを忘れないために、一番見るところに置いているんです」。勝つことへのこだわりを教えてくれた母と、勝つことの大切さを気付かせてくれたメダルを見ることが、練習前の「ルーティン」だった。

 勝利の重みを忘れかけていた。13年ぶりに黒星を喫した直後も「負けてもいいから、やってきたことを貫きたかった」と話した。相手との間合いを試し、新たなスタイルを模索していた。首の痛みもあった。こだわるのは、あくまで「内容」だった。「メダルにはこだわらない」とも言った。

 しかし、周囲の反応は想像以上だった。「大事件」として報じられ、家族や恩師、友人たちからも心配された。「やっぱり、勝つことは大事」と改めて考えた時、亡き母の言葉がよみがえった。「試合には死んでも勝たなきゃだめ」。家族で唯一、レスリング経験がないのに、勝負に対しては厳しかった。その言葉の意味が、ようやく分かった。

 04年アテネ大会は姉千春さんに連れられるように出場した。08年北京大会は千春さんとの「姉妹金メダル」だけを目指した。1度競技を離れた後、男子との練習で再びレスリングの楽しさ、奥深さに気付いて迎えた12年ロンドン大会。ひたすら技術を追求し、理想のスタイルを目指した。「結果よりも内容」。自分の思いを圧倒的な3連覇で表現した。

 「1大会ごとに思いは違う。アテネから積み重ねてきた思いは4倍」という4度目の五輪。理想を求めるのは前回と変わらないが、それ以上に勝つことにこだわる。「4連覇に挑戦できるのは幸せ。必ず成し遂げたい」。かつての「勝敗は気にしない」伊調は変わった。昨年の世界選手権で異次元の強さを発揮した伊調に、唯一足りなかった「勝利へのこだわり」という最大の武器が加わった。

 「私が初日のプレッシャーをはねのけて、必ず沙保里さんにつなげます」。自信たっぷりに言い切った。勝ちにこだわる母の遺影と勝ちの大切さを思い知らせてくれた銀メダルを胸に、伊調は女子五輪史上初めての4連覇に挑む。【荻島弘一】

 ◆五輪の連覇

 個人種目では4が最多で、いずれも男子。今大会で競泳男子200メートル個人メドレーのフェルプス(米国)が4人目となった。女子は、前回ロンドン大会でフェンシング個人フルーレのベッツァーリ(イタリア)が銅メダル、馬場馬術個人(男女混成)のアンキー・ファンフルンスフェン(オランダ)が6位に終わり、ともに4連覇を逃した。団体を含めた連覇では、フェンシングの男子サーブルでアラダール・ゲレビッチ(ハンガリー)が32年ロサンゼルス大会から6連覇したのが最高。