日本体操界のホープを「キング」の言葉が救っていた。

東京五輪代表選考会となるNHK杯(長野ビッグハット)の開幕を翌日に控えた14日、会場練習で笑顔をのぞかせる北園丈琉(たける、18=徳洲会)の姿があった。

約1カ月前、4月18日、全日本選手権の決勝が行われた高崎アリーナでは苦悶(くもん)の表情があった。予選を1位通過し、最年少優勝も視野に入れた決勝。その最終種目の鉄棒で、まさかの落下、その際に体勢悪く両腕をマットにつき、重傷を負っていた。

「ついたときに、ぼきぼきといって、なにかしら折れたなという感触あった。『どうしよう』と思いました」。

演技は途中で中断せざるを得ず、予選と決勝の合計の最終結果は6位。ケガの重さは、東京五輪絶望も予感させた。それは当人もだった。診断結果は両腕の靱帯(じんたい)損傷、加えて右ひじは剥離骨折していた。「何をするにも痛かった。1カ月後のNHK杯なんか考えられず、落ち込んでいました」。

当然だろう。13年9月、東京開催が決まった時から、出場を固く誓ってきた。落胆極まる最中、1つの電話が転機になった。

「3日後くらいに、内村さんから電話をもらったんです」。

突然の連絡に通話ボタンを押すと「大丈夫?」と優しい声が届いた。内村航平だった。「気持ちを切らさなかったら絶対に戻ってこれる」。力強い言葉が続いた。10分ほどの会話で、ほぼ折れていたという気持ちが動いた。

「頑張ろうかな」。

病院は4カ所を巡り、リハビリメニューや特別な練習メニューも、周囲が作ってくれた。腕立てもできない、倒立もできないという状態から、1カ月で試合にでられる所まで戻してきた。

まだ右腕は伸びきっていない感覚があるという。つり輪や平行棒でも演技中に痛みはある。演技構成も難度を下げて臨むが、この場に立てることがすべて。「みんなの協力のおかげでここに立つことできて、そのことだけでうれしいです。感謝の気持ちを込めて演技をしたい」と高ぶる。

目指す団体枠は4人。全日本選手権の得点を持ち越して行う今大会の個人総合上位2人が内定。残る2人は6月の全日本種目別選手権(高崎)の結果を受けて、チームへの貢献度で決まる。現実を見据え、「いまは床と鉄棒が貢献度を今回しっかり取れる。そこの2種目は大事かなと思います」と手負いの中での戦略を描く。

内村はこの日、北園に先立った会見で、全日本を制した19歳の橋本大輝の名前とともに北園に言及した。「若くして代表に入り、世界のトップに入ると、同じ経験をしているので、伝えないといけないこともたくさんある。僕がチームに入らなくなり、かなり心配をされていた。そこを払拭(ふっしょく)してくれるのは、若い世代のあの二人。日本の中心となってやっていかないといけないのは彼ら自身も分かっている。付け加えて、僕の経験を伝えていければさらに強くなると思ってます」。

その期待は本人が誰よりも分かっているだろう。諦めない。恩返しも込めた戦いが始まる。【阿部健吾】

◆体操の男子代表選考 4人の団体枠と最大2枠の個人枠がある。団体は4月の全日本の得点を持ち越すNHK杯で上位2人が決定。残り2人は6月の全日本種目別選手権後にチーム貢献度で選ばれる。個人枠は全日本、NHK杯、種目別の国内3大会で1枠を争う。各演技の得点を国内外の大会での得点を元にして日本協会が独自に作成する世界ランキングにあてはめ、順位ごとにポイントを与え、5試合の総合ポイントで競う。他に国際大会で1枠の可能性がある。