「希望の火」の引き継ぎ式が19日に行われたパナシナイコ競技場、ギリシャ国内最終聖火ランナーのステファニディの発言が注目された。国内で圧倒的な人気を誇るリオデジャネイロオリンピック(五輪)棒高跳び金メダリストは2日前の17日にIOCを批判。緊急理事会後の「予定通り」という声明に対し「私たちの健康を脅かしたいのか」と、ツイッターで非難したのだ。

聖火リレーのユニホームに身を包んだまま、ステファニディは大会の延期を訴えた。影響力のある金メダリストの発信は、多くの選手、元選手に支持された。元英国ボート代表のビンセント氏は「鈍感で、状況が読めていない」とバッハ会長を批判。カナダの女子アイスホッケー元代表のウィッケンハイザー氏も「無神経で無責任な行為」とIOCを切り捨てた。

13日にWHOが「パンデミックの中心は欧州」と宣言して以来、世界の感染拡大は急加速した。練習施設も閉鎖され、外出さえできず、自分や家族の命まで脅かされている欧米の選手たちにとって、IOCや日本側の「予定通り開催」は無責任な「絵空事」だった。20日は聖火が日本に到着。規模を縮小したとはいえ、歓迎式の映像を目にして、延期や中止を求める思いは強くなった。「東京五輪」が見えてきたからだ。

選手たちの声はSNSで拡散され、一気に世界に広まった。呼応するように各国オリンピック委員会や国際競技連盟もツイッターやインスタグラムで延期を求めた。22日にはドイツのフェンシング代表ハルトゥングが「東京五輪辞退」を表明。同じフェンシングのドイツ代表だったバッハ会長の耳にも届いたはずだ。

高まる声に抗しきれないとみたのか、IOCは22日に臨時理事会を開き「延期を含めて4週間で結論を出す」ことを決定。選手の声を鎮めようとしたが「4週間」が裏目に出た。英国陸上代表のアシャースミスは「さらに4週間?」と不満を表明。結論を先送りしたことで、選手たちから突き上げをくらった。

IOCや日本側が大きくかじを切った裏には、選手の声があった。旧来のメディアに比べてSNSの拡散力はケタ違い。一気に広がり、世論まで巻き込んで大きな力になる。何よりも、自由に思いを発信できることが選手にとって大きい。

80年のモスクワ大会、米国など西側諸国の大量ボイコットで揺れたが、選手たちは無力だった。「状況も分からず、いきなり出場辞退。何も言えなかった」と当時の選手は話す。政治的な問題と感染症を同じにはできないし、声をあげる相手も違うが、30年間でSNSという武器を持った選手の力は確実に増した。

IOCに組織委、政府、東京都は「予定通りの開催を目指す」と、情勢をうかがいながら口をそろえていた。しかし、新型コロナウイルス感染の勢いは増すばかりで、同時に延期や中止を求める選手の声も世論とともに強まっていった。「これ以上は持たない」という4者の焦りは、日に日に高まっていった。【荻島弘一】

(つづく)