大相撲名古屋場所(7月10日初日、愛知県体育館)で史上3人目の通算1000勝を狙う横綱白鵬(31=宮城野)が、東京五輪への思いを存分に語った。モンゴルが初めて参加した前回の64年東京五輪に、父ムンフバトさん(75)が出場。68年メキシコ五輪レスリングで同国初のメダリストに輝き、5大会連続で出場するなど英雄になった姿を目の当たりにしてきた。大相撲で無敵の大横綱に成長した今、東京五輪の存在が現役続行を支える大きな力の1つになっている。【取材・構成=荻島弘一、桑原亮】

  ◇  ◇  ◇

前回の東京五輪はもちろん、生まれていないですよね。モンゴルが初の海外での競技に参加した年。当時はまだ社会主義だし、非常に難しい状態で出た。確か、ロシアから船で、横浜に着いたって話を聞いたことがあります。その時に、軽量級の人が「日本のワタナベ(※注1)とやるんだ! 伝説の男と」って気合入っていたんですって。それで実際に対戦して「気づいたら負けていた。あれは人間じゃなかった」って(笑い)。おやじもその時、初めて自転車に乗ったって話も聞いたことありますね。

おやじはレスリングを覚えたてで、23歳。まだ(モンゴル相撲の)横綱にもなっていなかった(※注2)。世界大会で初の銅メダルをもたらして、その後のメキシコで銀メダル。今の日本協会の福田会長も「1つの種目をやって、他の種目でも結果を残すのは大変なこと。それを出来たというのは、すごいんだ」と言っていた。そこから大横綱にもなった。私も思うのは、モンゴル相撲というのはある意味、基礎というのかな。私も、右も左も四つ相撲ができるし、今は組んでも離れてもできる。それが自分の目指す相撲でもある。モンゴル相撲で戦う精神というか、そういうのが出来たのかもしれませんね。

今でもモンゴルのメダリストは毎月、国から給料をもらっているんです。一生安泰ですから。相撲をやりたい子もたくさんいるけど、五輪を目指している子どもたちもたくさんいます。五輪競技の世界大会でも1つ1つのメダルで給料がもらえる。だからおやじは、銅メダルと銀メダルの2つの給料をもらっているんです。その制度が発表された時、泣いている人もいたらしいですね。逆に日本は盛り上がり方というか、五輪に対する考え方が薄い。「五輪メダリストです」「だから何だよ」って。日本って、そういう冷たさがあるし。日本を世界にアピールしているのは、彼らしかいないわけですから。もっとたたえて、モンゴルみたいに給料をあげるとかね。そうすると多くの子どもたちが、夢を持って生き生きとやってくれると思うよね。

おやじの場合、実はメキシコでは、負けてないんですよ(※注3)。でも、やっぱり銀メダルですから。だから、実は子どもの頃「私が金を取ってやるんだ」って夢もあったんです。それで12歳の時、内緒でレスリング道場に入って、学校を休んで大会にも出た。そしたら何日目かにおやじが会場に入ってきた。何でばれたんだろうって思った。そしたら私がいた道場の人が、当時のおやじの監督だった(笑い)。それでやめさせられました。子どもの1歳の差は大きいし、その大きい子どもに投げ捨てられたりすると、自信をなくすというのかな。骨もまだ丈夫じゃないし、そういった意味だと思うね。だからバスケットボールをやって、途中、そっちで金メダルを目指そうと思ったこともある(笑い)。

長野五輪のときは、13歳。衛星放送で見ていましたねえ。(開会式での)曙関の土俵入り。旭鷲山関がモンゴルの国旗を持って、紋付きを着てね。後から聞いたけど、曙関のお母さんが、土俵入りを見て息子の偉大さ、すごさが分かったっていうのね。海外から見れば、その国の国技というか、スポーツという軽い感じなんです。私も06年に大関になって、Jリーグアウォーズのプレゼンターで行ったときに、山本(博)さん(アーチェリー)とか、アテネ五輪のメダリストがたくさん来ていた。それ見て「うわ~五輪選手だ ! 」って。私から見れば、やっぱりおやじの背中を見てきて、メダリストは雲の上の存在。でもMVPのプレゼンターは私。やっぱり日本で、相撲は特別な存在。そういうので、いろいろ自覚しますよね。

今年はリオ五輪。寝不足になるね。まあ4年に1回はいいんじゃないかな。やっぱり会ったことある人とか、よくテレビで見てる人とかは見ちゃうし、応援したくなるよね。(レスリング女子の)吉田(沙保里)さんもそうだし、4大会金メダルを達成したら日本初でしょ? いや~。それも見てみたいし、その時代に生きていたってね。子どもとか孫にしゃべれるわけだからね。五輪って、自分の考えでは世界平和。社会主義の国もありますし、そういった国が五輪に出るのは、国際交流の1つでもある。戦争のない、世界平和というのが大会のすごさ、素晴らしさだと思うんだよね。いかにスポーツというものがすごいか、大事なのかということですよね。

 

※注1 渡辺長武(おさむ)氏。64年東京五輪レスリングフリースタイルのフェザー級金メダリスト。日本レスリング史上最強と呼ばれ、186連勝を達成してギネス記録にも認定された。

※注2 ムンフバト氏は、モンゴル相撲で年に1度行われるナーダム大会で6度優勝した大横綱。

※注3 当時は、試合結果による罰点が6になると失格となる「バットマーク方式」で実施。フォール勝ちは0だが、判定勝ちでも罰点1、引き分けも同2(判定負けは同3、フォール負けは同4)のため、負けなくても優勝を逃すケースはあった。64年東京五輪フリー70㌔級の堀内岩雄は4勝(4判定勝ち)1分けと無敗ながら罰点6で銅、68年メキシコ五輪グレコ63㌔級の藤本英男は4勝(3判定勝ち)2分けの罰点7で銀メダルだった。92年バルセロナ五輪後に現行のトーナメント方式に変更。