2021年(令3)7月23日、東京五輪が57年ぶりに国立競技場で開幕した。新型コロナウイルスの影響で近代五輪125年の歴史で初めて1年延期した大会は、一部を除いて史上初の無観客開催となった。緊急事態宣言下の東京で必ずしも歓迎ムード一色ではない中、205カ国・地域と難民選手団を合わせ約1万1000人の選手が参加。8月8日までの17日間で、史上最多の33競技、339種目を実施する。

2万726日の時を超え、東京に再び聖火がともった。最終点火者は今大会に出場するテニスの大坂なおみ(23)だった。

被災3県の子どもたち6人から聖火を受け取った大坂は、富士山をモチーフにした聖火台に上る。トーチを手に階段を上がる姿は64年の最終走者、坂井義則さんをほうふつさせた。頂上に着くと太陽をイメージした聖火皿に点火。コロナ禍の分断された社会に希望の光がともり、マスクの上からでも分かる各国選手団の笑顔を明るく照らした。

日本球界のレジェンドで国民栄誉賞の3人組、元メジャーリーガーの松井秀喜氏(47)、プロ野球巨人で終身名誉監督の長嶋茂雄氏(85)、ソフトバンク球団会長の王貞治氏(81)も聖火をつないだ。長嶋氏を松井氏が体で支え、数十メートルをリレーした。

男女平等の観点で今大会から旗手は男女で務めることに。バスケットボール男子の八村塁(23)とレスリング女子の須崎優衣(22)は交互に旗を渡し合い、日の丸をたなびかせた。

コロナによって史上初の1年延期となった大会は困難の連続だった。大会予算の削減から始まり、昨秋からは本格的にコロナ対策を政府、東京都、組織委員会の3者で講じた。未知の感染症は今春に入っても世界中で収束せず、海外、国内観客ともに諦めざるを得なくなった。

コロナ対策に忙殺された組織委は「多様性と調和」という大会の基本コンセプトを見失った。大会の顔となる開閉会式。制作チームを組む過程で、大会が掲げる崇高な理念を体現できる人選をおざなりにした。

「仲間や気心を知れた人たちでやらないと計画が進まない。互いが誘い合ってできたグループ。それをそのまま任命した」(武藤事務総長)と、一部のクリエーターの“村社会”で式典制作に臨んでしまった。

開幕直前、そのほころびが出る。開会式冒頭4分の楽曲を担当した小山田圭吾氏(52)が、過去に雑誌で「いじめ武勇伝」を語っていたことに批判が集まり、開会式4日前の19日に辞任。前日22日には、実質的な監督だった演出家・小林賢太郎氏(48)も、お笑いコンビ「ラーメンズ」時代のコントで「ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)」をネタにしていたことが判明し即日、解任された。

「多様性と調和と言われても口先だけにしか聞こえない」と街の人は言った。開会式で、どんな崇高な理念を語ろうとも、市井の人に響かない状況を自ら作り出してしまった。橋本聖子会長は後悔する。「組織委での業務を進めているとコロナ対策など目の前の目標にとらわれてしまった」。

それでも大会成功を諦めるわけにはいかない。7度五輪に出場した橋本氏は開会式のあいさつで涙ぐみながら言った。「自信を持って舞台に上がってください。今こそ、アスリートとスポーツの力を見せるとき。組織委は半世紀ぶりとなる東京大会が、後世に誇れる大会となるよう、最後まで全力で支えます」。まさにそうだ。開幕を過ぎれば主役はアスリートたちに移る。

もう1つの大会基本コンセプト「全員が自己ベスト」の実現は不可欠だ。延期の困難を乗り越え、5年ぶりの夢舞台に懸ける選手たちが思う存分、プレーできる環境だけは失ってはならない。【三須一紀】