印象的な場面を振り返る時、真っ先に浮かんでくるのが、1枚の写真だった。


東京オリンピック(五輪)開幕から3日目にあった柔道女子52キロ級決勝。


試合は延長までもつれた。阿部詩がフランスのブシャールを寝技で制し、金メダルが決まった瞬間の表情。彼女は顔をくしゃくしゃにして泣いていた。そして、泣きながら、笑っているようにも見えた。その写真は7月26日付の日刊スポーツで1面を飾った。


あの表情には、これまで流した汗と涙、葛藤や苦悩の全てが凝縮されているように感じた。


2021年7月26日付日刊スポーツ1面を飾った阿部詩の写真(撮影・河野匠)
2021年7月26日付日刊スポーツ1面を飾った阿部詩の写真(撮影・河野匠)

スポーツとは、歓喜の時は一瞬でしかない。苦しい練習に耐え切れずにいつ逃げ出そうともがき、高い壁に何度も跳ね返されてはいつ辞めてしまおうかと悔し涙を流す。多くはそんな時間の連続である。それでも1つのことを突き詰めよう、いつか世界一になろうと、諦めずに歩みを続ける。


ほとんどの選手は道半ばで競技を終える。五輪という大舞台に立てるのは、ほんのわずか。ましてや、メダルを手にするのは、その中でも限られた人になる。


強さの中に、1つのことを極めた究極の美しさ-。そんな光景が、東京五輪にはあった。


大会中、1本の記事に目がとまった。柔道女子78キロ超級で金メダルを獲得した素根輝(あきら)を描いた、共同通信社のものだった。


「(幼少時代に)友達と遊んだ記憶はない」


そして、こうも記してあった。


「中学、高校と日本一になっても『勝ち方が悪い。お父さんに怒られる』と泣いた」


そこまでして、真の輝きを放つメダルを目指してきたというのだ。まさしく努力の結晶-。そんな言葉が似合うのである。

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勝者だけではなかった。敗者が流した涙もまた美しく、それは何年もかけ、たくさんのものを犠牲にし、この「TOKYO」を目指してきたからこその純粋に輝く滴だった。


陸上女子3000メートル障害決勝。オーストラリアのジュヌビエーブ・グレグソンは、最後の水濠で転倒し右足のアキレス腱(けん)を断裂した。ゴールまで、わずか。大ケガを負ってでもなお四つんばいになり、前へ進もうとした姿は感動的だった。

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体操女子で2016年リオデジャネイロ五輪で4冠を達成した米国のシモーン・バイルスは、団体決勝を途中棄権。種目別の跳馬、段違い平行棒、床運動の決勝も欠場した。空中で平衡感覚を失ってメンタルブロック状態となる「ツイスティ」に苦しんでいたことが原因だという。

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アーチェリー女子でコロンビアのバレンティナ・アスコタヒラルドは、真剣なまなざしとファッション性でSNSを中心に人気に火が付いた。開会式当初はインスタグラムのフォロワー数が約30万人だったが、大会後は197万人まで急増。アーチェリーが注目される1つの要素にもなった。

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さらに、スケートボードの女子パーク決勝。金メダルへの最後の望みをかけた15歳の岡本碧優(みすぐ)は、大技に挑んで転倒し4位に終わった。その勇気と、諦めない気持ちに共感した各国の選手が彼女を抱きかかえ称賛した。あの光景は今大会の象徴的な場面として、語り継がれるだろう。


ジェンダー平等をテーマに掲げた東京五輪で、日本は583選手のうち女性は史上最多となる277人が参加した。混合種目を除くと、女子選手のメダル数は30個で男子の25個を上回った。女性が活躍した五輪でもあった。


幾多もの犠牲を払いながら努力を重ね、結実した涙は美しい。


結実しなかったとしても、流す悔し涙もまた美しかった。


強さと同居する美しさ-。たくさんのそんな光景を見た五輪だった。【益子浩一】

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