仮設住宅に響く「光あり」の校歌 住民に力を与えた志津川高校の熱唱

宮城県北部、南三陸町。のどかな風景は地震で一変しました。天が与えた試練に負けない志津川高ナインの姿が、少しずつ住民の心を癒やしていきます。(2016年3月4日掲載。所属、年齢などは当時)

高校野球

宮城県南三陸町の志津川高校グラウンドには、11年5月に建てられた51世帯の仮設住宅が今もなお、残っている。校庭の半分を占拠され、通常よりも狭いスペースでの練習を余儀なくされる同校野球部は、昨夏の宮城大会で2勝を挙げ4回戦に進出。仮設内に住む被災者は歓喜に沸いた。震災から5年。球音が響く日常で暮らす人々の変化を追った。

志津川高校の校庭には今でも仮設住宅が残っている

志津川高校の校庭には今でも仮設住宅が残っている

徐々に浸透 生きる糧に

薄暗いグラウンドに、部員11人の声がこだました。練習後に全力で歌う校歌は、長年続く野球部の伝統だ。

「きょうの子はうまいほうですね」。グラウンド内の仮設住宅で自治会長を務める後藤一美さん(44=食楽しお彩社長)は、冒頭の独唱で誰が歌っているかが分かる。「夏になると、窓が開いてるから聞こえるんです。外に出て聞くと、自然と拍手してしまう。元気をもらいますね」。今では仮設で暮らす人々にとっての力の源だ。

志津川高校は、骨組みしか残らなかった南三陸町の防災庁舎がある海側とは反対の、山側に位置する。現在はバックネット側を砂利で敷き詰め、平屋の仮設住宅が林立している。

建設当初は、グラウンドとの仕切りは約180センチのネットだけだった。飛んできたボールで屋根がへこむ。住民が野球部をすぐ受け入れたわけではなかった。