2020年3月14日、常磐線が全面復旧…本紙記者5年ぶりに浪江へ 野球が紡ぐ記憶

2020年3月14日。東京と東北をつなぐ動脈、JR常磐線が全線復旧しました。毎日、福島の浪江駅を利用していた鎌田良美記者が思い出の地へ。野球が紡ぐ記憶と不思議な縁を、エッセーで届けます。

(2020年3月11日掲載。所属、年齢などは当時)

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JR常磐線が14日に福島県内の富岡駅~浪江駅間で運転が再開され、全線復旧する。「3・11」に合わせ常磐線沿線の野球を巡る「野球の国から」。浪江町出身で、本紙野球担当の鎌田良美記者が、全線復旧を前に故郷を訪れた。高校3年間、浪江駅を利用して通学していた記者が感じた思いとは…。

◆鎌田良美(かまた・よしみ)兵庫・姫路市生まれ。4歳で大阪・茨木市から福島・浪江町に引っ越し、18歳まで過ごす。浪江幼稚園、浪江小、浪江東中、磐城高卒。津田塾大英文学科から09年、日刊スポーツ入社。編集局スポーツ部五輪班を経て、10年4月に野球部配属。アマ野球、ロッテなどを担当。

6時15分 浪江発の上り電車

毎朝6時ちょうどに家を出て、同15分浪江駅発の上り電車に乗った。

富岡を過ぎると海が広がる。車窓いっぱいの太平洋がきれいだった。冬は水平線から昇る朝日でオレンジ色に染まった。片道ぴったり1時間。ボックス席でイヤホンを耳にかけ、予習しながらいわき駅まで揺られる。私の高校3年間は常磐線とともにあった。

高3夏、母校・磐城が福島大会4回戦に進んだ。次は県内屈指の投手力を備える学法石川。白河グリーンスタジアムまで、バスで全校応援に行った。

スクールカラーの青いメガホンを両手に、制服のまま歌い踊った。4―2。勝った。8強だ。「このまま甲子園行ったらどうする?」なんて言いながら、準々決勝の日、そわそわして授業を受けた。1点差で清陵情報に敗れた。

2020年3月5日、全線開通を控えるJR常磐線の浪江駅

2020年3月5日、全線開通を控えるJR常磐線の浪江駅

清陵情報を決勝で下したのが聖光学院。聖光学院はその夏、甲子園初勝利を収め、福島県勢の初戦敗退連続年数を9で止めた。

県内絶対王者となっていった同校に16年春、公立校として8年ぶりに土をつけたのが母校だった。

18年、5年ぶりにロッテ担当になった。ドラフト5位で入ってきた、いわき市出身の渡辺啓太投手(26)と話して驚いた。

「僕、学法石川戦見に行ってましたよ」。高3夏のあのスタンドに、兄の応援で渡辺少年も訪れていた。

当時、野球が仕事になるなんてみじんも思っていなかった高校生と小学生が、十数年後に担当記者とプロ野球選手として会う。世界ってつながってるんだなと思った。

2018年、ロッテ時代の渡辺啓太

2018年、ロッテ時代の渡辺啓太

東日本大震災で常磐線が途切れて9年。同窓会でいわきに戻っても、実家まで帰ることは叶わなくなった。