【追悼配信/熊崎勝彦コミッショナー】現場主義を貫き、裁定者を全う「落としの熊崎」

野球の王国になるためには―。東京地検特捜部長などを歴任したプロ野球元コミッショナーの熊崎勝彦さんが5月13日、80歳で亡くなりました。リクルート事件の捜査も担当し、在任中は野球賭博問題などに対応。野球への愛情も深く、インタビューでは未来を思う言葉があふれました。(2016年1月12、13日掲載。所属、年齢などは当時)

プロ野球

東京・田町のビジネス街の一角に構える日本野球機構(NPB)。その一室で、元最高検察庁検事の熊崎コミッショナーはゆっくりと語り始めた。「野球の王国になるためには」。そんな企画趣旨を伝えると「いいテーマやね。話は長くなると思う」と前置きがあった。「一昨年プロ野球創立80周年を迎えて、今年は82年。長い伝統の中にプロ野球は育ってきた。その重みはすごいものがあるし、やはり先人たちの野球に対する情熱に支えられて、今日まで来た。文化的公共財と言われているけど、1つのスポーツ文化として長く揺るぎない定着をしてきた。コミッショナーに就任してから、ひしひしと責任の重さを痛感してきました」。だからこそ感じている危機感がある。すぐに球界が抱える問題点を指摘した。

◆熊崎勝彦(くまざき・かつひこ)1942年(昭17)1月24日、岐阜県生まれ。72年検事任官。96年東京地検特捜部長。99年最高検察庁検事、04年同公安部長。同年9月の退官まで「落としの熊崎」の異名でリクルート事件、金丸信自民党副総裁(当時)の巨額脱税事件などに携わる。05年からプロ野球のコンプライアンス担当のコミッショナー顧問に。14~17年、コミッショナーを務めた。

コミッショナー事務局で。記者とも気軽に接した=2015年12月25日

コミッショナー事務局で。記者とも気軽に接した=2015年12月25日

■「少子高齢化で片付けられない」

「日本は、少子高齢化が加速度的に進んでいる。今は地方の過疎化、東京一極集中という現象も起きてきている。地方が疲弊している。そういうことが言われる中で、スポーツ文化の中心的な役割を果たしてきた野球、そしてプロ野球がどういった立ち位置に立っているか。データを見ていくと、分かりやすく言えば、青少年、少年層の野球離れがここ何年かの間にずっと進んできている」

09年に30万7053人だった中学生の野球人口(硬式を除く)は、13年にサッカーに抜かれ、昨年は20万2488人まで減少した。分母が減れば、当然競技レベルの低下につながる可能性がある。

近所の公園で気軽にキャッチボールができなくなった環境面の問題、バットやグラブなど親にかかる金銭的負担、ボール1つでできるサッカーなど、他競技の人気向上…。要因はさまざまある。

フットワーク軽く。観覧車に乗り込む=2016年7月26日

フットワーク軽く。観覧車に乗り込む=2016年7月26日

「野球の競技人口、例えば中学校の野球のクラブ活動や、野球に興味を持つファンの野球離れが進んでいる。ここ何年かね。これは、少子高齢化ということだけでは片付けられない。その中で、野球がどうやって、永久的に生き残っていけるか、永久的に発展できるか。まさに野球王国というものを力強く築いていくかという1点に焦点を合わせて考えていかないといけない。そういう風に僕は痛感しているね」

■最初の質問まで26分39秒

こちら側が初めて質問するまで、26分39秒。現状の野球界に対する危機感や、改善点、野球振興に対する熱い思いが一人語りで続いた。

やる人、見る人の「野球人口」を増やす。14年秋にNPBは野球振興室を発足させた。年末の12球団ジュニアトーナメントは、昨年で11年目を迎えた。ソフト、ハード両面の環境改善への努力を続けている。

就任3年目に入った熊崎コミッショナー。昨季は、試合時間短縮に向けたゲームオペレーション委員会(※注1)も設置。アマチュア側とも積極的に対話を行い、4月には野球振興を目的とした合同の協議会を発足した。

※注1 ゲームオペレーション委員会 野球振興策を広く協議する目的で、昨年2月26日に発足。12球団代表者に加え、熊崎コミッショナーの呼び掛けにより、日本プロ野球選手会、NPB審判部も出席する。

「プロもアマも、野球の母船は1つという考え方なんですよ」と言う。コミッショナーはいわば「野球船」のキャプテンといえる。

WBC中国戦後、小久保監督と固い握手=2017年3月10日

WBC中国戦後、小久保監督と固い握手=2017年3月10日

「この母船をいかに力強いものにして、力強く海を渡って行けるかということ。母船の中にみんな乗っているんだから、結束できることは、結束してやろうじゃないかと。やるべきこと、考えたことは、片っ端からやっておきたいという感じはするな」

話は、魅力あふれる球界であるための「夢」の部分に移る。

8月には、20年東京五輪で野球・ソフトボールの競技復活が決定する見通しだ。野球界にとっては、大きな追い風になる。「夢」は尽きない。

夢3題

◆侍ジャパンの強化 昨秋のプレミア12は3位に終わったが、来年3月にはWBCが控える。侍ジャパンを常設化し、U―12からトップチーム、女子野球まで、全世代が同じユニホームを着て戦う環境ができた。国内外の野球振興が、国際化には欠かせない。

「侍ジャパンの事業を、強力に推し進めようということ。これも、究極の目標は野球振興から来ているんですよ。侍ジャパンの強化、チームの強化、会社の事業の収益を含めた促進というのは、野球振興という大理念、大目的の中に置かれているということを忘れてはいけない。原点を忘れてはいけない」

◆地域活性化 一昨年は、自民党がプロ野球16球団構想を提言した。プロ球団がない地域の活性化は、野球振興に直結する。

「16球団という話で、新潟とか静岡とか沖縄とかあるけれど、それは1つの構想としては、傾聴に値すると思うよ。ただこれは、地域とファンと、自治体を含めた強い支えがないといかんからね。2、3年でつぶれるものじゃダメだから。いろいろ課題はあるが、恒久的、発展的に続けられるなら、基本的には素晴らしいことだと思うよ。野球の規模が拡大していくことはいいこと。そのためには、まずは基盤づくりだな。きめの細かい土台作りを、今はやっておかないといけないと思うんだよね」

◆「打撃賞」の新設 昨季は、沢村賞を広島前田が受賞した。一方、打撃陣はソフトバンク柳田、ヤクルト山田がトリプルスリーを達成したが、打者専門の特別表彰は受けていない。

「沢村賞はピッチャーのもの。大変な賞で、伝統があるけど、これから50年、100年とやっていく中で、打撃でも名だたるような賞というものを、設けたい気持ちはあるんだよ。観客を引き付けるという意味においても、打撃ということ自体についても、素晴らしい方がおられるじゃないですか。そういう人たちの賞というものを、僕は設けたいな、って気がある。難しいと思うよ、基準の置き方は。だけど何でピッチャーだけあって、打撃はないのか。夢ですよ」

野球の王国作りへ、思い描く夢は広がる。