「終わった…」骨折&靱帯損傷から1年 鈴木誠也がカープ3連覇で初めて感じたコト
広島からカブスへ巣立った鈴木誠也外野手。振って振って4番をつかむ…カープの王道を歩んだ過程を知るファンは、わが子を見守る気持ちではないでしょうか。リーグ3連覇を達成した、4年前の手記を復刻します。今度は世界一で!(2018年9月27日掲載 所属、年齢など当時)
MLB
苦しみから解放され、笑顔が咲いた。広島鈴木誠也外野手(24)が26日、日刊スポーツに手記を寄せた。今季は昨年8月末の右脛骨(けいこつ)内果?離骨折の骨接合術と三角靱帯(じんたい)損傷の靱帯修復術の手術から復帰。痛みはまだ残る。それでもチームのために、優勝のために、戦ってきた。打線をけん引してきた若き4番が、その胸の内を明かした。
◆鈴木誠也(すずき・せいや)1994年(平6)8月18日、東京都生まれ。二松学舎大付時代は、投手兼内野手で高校通算43本塁打。甲子園出場なし。12年ドラフト2位で広島入団。16~21年に6年連続で打率3割、25本塁打以上。19、21年に首位打者と最高出塁率。ベストナイン5度、ゴールデングラブ賞4度。17年WBC、19年プレミア12、21年東京五輪で日本代表。プレミア12と東京五輪は4番で出場し優勝。21年オフ、ポスティングシステムを利用しカブスへ移籍。5年総額8500万ドル(約97億8000万円)、背番号は「27」。181センチ、98キロ。右投げ右打ち。
ジレンマの中で
素直にうれしいです。優勝することだけを考えてやってきたので、本当にうれしい。昨年ケガをしてベンチの中から優勝の光景を見ましたが、今年は守って見られた。感動しました。
我慢、我慢…。今年はそう自分に言い聞かせながらプレーしてきました。昨年ケガをしたとき、「(野球人生が)終わった」と思いました。それくらい覚悟しました。1年で治るわけがないと思っていた中で、ここまでプレーできていることは、奇跡です。まだ右足には骨をつなぐボルトが入っている状態。もうケガはしたくない。野球ができることに喜びを感じながらプレーしてきました。
◆鈴木の昨年の離脱17年8月23日DeNA戦(横浜)の2回、6番戸柱の打球を追って背走し、最後はフェンス際でジャンピングキャッチ。着地の際に右足首を痛め、その場で倒れ込み途中交代となった。試合中に横浜市内の病院で検査を受け「右脛骨(けいこつ)内果?離骨折」と診断された。翌日24日に抹消。シーズン残り試合での復帰はならなかった。
ただ、全力でいけないところは正直ありました。もともと内野安打が多いタイプですし、次の塁を狙った走塁はずっと意識してやってきたこと。でも、それができない。ジレンマはありました。
