【ロッテ週間〈1〉祝2000本!福浦&サブロー対談】探究心を認め合ってこその友情
ウィークデー通しのマリーンズ特集。第1弾は、福浦和也&サブローの「兄弟対談」を送ります。1年違いで入団し、長くチームを支えた金看板2枚。兄貴分の福浦が2000安打を達成した暁に、大台までの道のりを赤裸々に振り返ります。(2018年9月23日掲載。所属、年齢などは当時)
プロ野球
◆福浦和也(ふくうら・かずや)1975年(昭50)12月14日、千葉県習志野市生まれ。習志野ではエースで4番(甲子園出場なし)。93年ドラフト7位でロッテ入団。1年目の94年夏に打者転向。01年に首位打者を獲得して、01~06年に6年連続打率3割。18年9月22日西武戦で通算2000安打を達成した。ベストナイン1度、ゴールデングラブ賞3度。19年に引退後はロッテ2軍ヘッド兼打撃コーチ、1軍打撃コーチを歴任。183センチ、88キロ。左投げ左打ち。
◆サブロー(大村三郎=おおむら・さぶろう)1976年(昭51)6月1日、岡山市生まれ。PL学園から94年ドラフト1位でロッテ入団。05年には千葉ロッテマリンガン打線の「つなぎの4番」としてリーグ優勝に貢献した。11年途中に巨人へトレード移籍も、同年オフにFA宣言してロッテ復帰。16年に現役引退し、現在は楽天のファームディレクターを務める。通算1782試合、1363安打、127本塁打、打率2割6分5厘。ゴールデングラブ賞2度。181センチ、90キロ。右投げ右打ち。
★ビデオルーム集合 帰らない
「おお、兄弟」。久々に再会した2人は、がっちりと握手をかわした。思い出話は入団当時へさかのぼる。
サブロー昔話といえば23年前、俺の買ったばっかの黄色いソファに福浦さんが焼きそばひっくり返した。あれ絶対忘れへん。ひと口も食わずに。「UFO」つくってあげたのにやで。
福浦俺の部屋が厳しい寮長の横でさ。サブは1軍行ったり来たりしてたから、サブがいないとき勝手に使わせてもらってたね。
サブロー俺の部屋住んでたもんな。でも2000本なんて当時じゃ考えられへんかった。すげえな。
福浦すごくはねえよ。
サブローすげえよ。
福浦昔は一緒にビデオ見たりもしたな。
サブロー試合前、試合後はビデオルーム集合やった。夜中まで。なかなか帰らんかった。
福浦見ないと、自分でどうなってるか分かんないもん。感覚とのずれが小さければ、スランプが短くなる可能性はあるよね。
★イチローを形態模写「胸を見せるな」
互いのフォームをチェックし、好打者の映像を見る研究会が日課だった。
サブロー試合前は、落合さんとかイチローさんとか見て。ホームラン集とかヒット集とか、1時間も2時間も。あと福浦さんは昔、毎日ものまねしてた。ファームの試合で、今日は(巨人)松井さんでいくわ、今日は(広島)前田さんでいくわって。
福浦関節が違うからさ。ものまねしても、自分の骨盤の位置とかあるから。結局は自分のスイング。
サブローでも、うまかったよ。いろいろやって、行き着いたのがイチローさんや。それでめっちゃ打ちだした。あのものまねが上達の早道やったと思うんよね。
福浦イチローさんには、オリックスのとき直接打ち方を聞いたこともある。「胸を見せるな」って言われた。ピッチャーに対して。体が開いたようになるから。
サブロー基本中の基本やん。それを、イチローさんが言うから意味がある。
先輩としての福浦は、とにかく優しかったという。
