【尼崎キャバレー野球団〈1〉】ホステスの黄色い声援「何やねん、あのチーム」が進撃

商都・大阪と港町・神戸に挟まれた庶民の街、尼崎。その昔、駅前商店街にあったキャバレー野球団の物語。5回連載です。(2019年6月25日掲載。所属、年齢などは当時)

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転校したばかりの教室で、何かと心細いのに、意地悪な男子がはやし立てる。

「おい、キャバレー春美!」

何を言われているのか分からなかった。でもやがて、キャバレーは大人が行くところで、阪神電車の尼崎駅近くに、自分と同じ名前の店があるのだ、と知った。なぜ、そんなお店に私の名前を、と悲しくなった-。

父親の仕事の都合で神戸の住宅街から、阪神工業地帯の中心地、兵庫県尼崎市に引っ越した1953年(昭28)秋の日。佐々木春美さん(75)は、今も覚えている。

「私は小学4年生でした。あのころの尼崎は、にぎやかでね。キャバレーもたくさんあって『春美』は有名でした。小学生が知っているほどですから。その名前を聞くと、懐かしい友に会ったような気がします」

競うようにチーム結成

敗戦間もない混乱期とはいえ、おかしな野球チームがあったものだ。