【2011年8月15日死去:正力亨氏を悼む】「無邪気一辺倒」の巨人愛は虚か実か

読売巨人軍のオーナーを32年も務めてきたすごみが、写真DBに詰まっていました。喜怒哀楽あらゆる節目に、野球人と並んで写り込んでいます。92歳の大往生、旅立ったのは終戦の日。毎晩6時、当たり前でプレーボールがかかるプロ野球の存在意義を、誰よりも深く理解していたのでは。哲学をチャームで包んだ。読みごたえのある評伝です。(2011年8月16日掲載。所属、年齢などは当時)

プロ野球

父の正力松太郎(左)とV3の報告を聞く。川上、ON、藤田。その人間力で、全方位から深い信頼を得た=1967年10月30日

父の正力松太郎(左)とV3の報告を聞く。川上、ON、藤田。その人間力で、全方位から深い信頼を得た=1967年10月30日

松濤へ夜討ち「キミ、上がれ」

まだ正力さんが渋谷区松濤に住んでいたころだろうか。取材で夜分に自宅を伺うと「キミ、上がれ」と上機嫌だった。

応接間に通されたが、ソファに座る間もなく問い掛けられた。

「キミ、酒は飲むのかね」

うなずく間もなく奥の間にいた夫人に声をかけた。

「記者さんが飲みたいって。酒を持ってきなさい」

ウイスキーボトルにグラスがひとつ、届けられ夫人が姿を消すと自分で注ぎ、自分で飲んだ。医者から制限でもされていたのだろうか、一気に飲み干すとにこやかに笑った。要するに、酒を飲むためのダシに使われたわけだ。

◆正力亨氏と主な巨人史

1918年(大7)10月24日 東京都生まれ

42年 慶大経済学部卒業、王子製紙、海軍経理学校など経る

64年 東京読売巨人軍オーナー就任。王貞治がシーズン55本塁打で新記録。国鉄から金田正一入団

65年 川上監督V1

69年 父の松太郎氏が死去。金田400勝達成。オフに引退表明

73年 V9達成

74年 長嶋茂雄が現役引退、監督に就任

川上から長嶋へ。歴史の証人=1974年11月21日

川上から長嶋へ。歴史の証人=1974年11月21日

77年 王が756号世界新記録

78年 「江川問題」でドラフト不参加

79年 江川―小林繁で阪神とトレード

80年 長嶋監督辞任、藤田元司監督が就任。王が現役引退、助監督に

83年 王新監督が誕生

85年 ドラフトで桑田真澄を単独指名

ミスターの復帰会見を、自室で凝視する原辰徳。正力オーナーはいないが、あまりの構図に思わず掲載=1992年10月12日

ミスターの復帰会見を、自室で凝視する原辰徳。正力オーナーはいないが、あまりの構図に思わず掲載=1992年10月12日

88年 王監督辞任、藤田監督復帰

92年 藤田監督辞任、長嶋監督復帰

93年 FA制度で落合獲得

95年 原辰徳が現役引退

96年 「メークドラマ」の大逆転V。渡辺恒雄オーナー就任。名誉オーナーに

11年 敗血症のため死去。92歳

失礼を承知で言わせてもらえば「無邪気一辺倒」の人だった。

カメラマンのストロボが大好きで、どんな不機嫌でもパシャパシャというシャッター音に囲まれると、相好を崩して饒舌(じょうぜつ)になった。